#122 娼婦の訪問

「……。……?」

「しかし、よくこんな販売量で黒字化できていますよね?」

「まぁ、確り利益率を確保しているからな」


 事務作業も一段落し、皆でお茶を片手に休憩を取る。


 普段俺は、事務組の業務に参加していないのだが…………施設の責任者として、判断やサインを入れる仕事がそれなりにある。そんな訳で、今日の狩りは半日で切り上げ、薄利多売子率いる事務組に混じって書類と格闘していた。


「ぐっ、それは私への当てつけですか?」

「いや、その"ネタ"の鮮度は、もう無いから」

「それなら、薄利多売子って呼ぶの、止めて貰えません?」

「じゃあ、何か他に覚えやすい名前を考えてくれよ」

「いや、だから普通にフェリスと……。……」

「「…………」」


 売子といつものやり取りを繰り返す光景を、新入りたちが呆れ顔で見守る。


 余談だが、売子はこのままウチに就職する事を希望している。個人的にも事務作業のリーダー格が正社員なのは望ましいが…………若い女性を住み込みで働かせ続けるのは、将来的には問題だ。何せウチでの事務仕事は、全くと言っていいほど異性と接点が無い。年齢を気にする必要のない長寿族なら問題は無いだろうが、人族の売子にとって、"行き遅れ"の問題は楽観視できるものではない。


「キョーヤさん、お客さんが訪ねてきたのですが……」

「「??」」


 現れたのは店番をしていたベールさん。


 それはさて置き、俺への客が"ウチ"を訪ねてくるのは珍しい。冒険者としての新規依頼なら(トラブル回避のため)ギルドを通す決まりになっているし、商談なら尚の事、アポなしで責任者を呼び出すのはマナー違反だ。


「その、"幼い"女性で……」

「「…………」」


 "なぜか"周囲の視線が痛い。幼い女性に心当たりは無いものの、ルビーの時のような事例もあるので、もう少し詳しく内容を聞いてから判断した方がいいだろう。


「それで、名前とか事情は?」

「いや、それがその…………ここでは、ちょっと」


 ニヤけ顔で言葉を探すベールさん。これは間違いなく、"また"勘違いしているパターンだ。


「まぁ、言いづらい事情を抱えている可能性もありますし…………ベールさんから見て、問題がなければ会いますけど」

「いや、まだ悪戯の可能性も否定しきれないんですけど……」

「「??」」

「その、お客さんは、"娼婦"の方で……」

「「あぁ……」」


 な・ぜ・か! 納得した表情の周囲は無視して。


「えっと、それは間違いなく悪戯ですね。ベールさん、対応をお願いします」


 地球でも悪戯で、家に『出前やデリヘルを送りつける』って悪戯はあった。多分、上の歓楽街で働く娼婦の出張を、誰かが依頼したのだろう。アソコなら、ハーフリング系の娼婦も在籍していたはずだ。


「そ、そうですよね! "思いつめた表情"だったので、もしかしたら、出来ちゃったのかなって」

「「…………」」

「キョーヤさん、一応、直接会っておいた方がいいと思います」

「いや、だから俺は……」

「そうですよ! お金はあるんだから、ちゃんと責任を取ってあげてください!!」

「いや、だから……」


 まさかここまで信用が無いとは思わなかった。しかし、少し気になる部分もあるので、証明の為には会ってみる事にする。





「すいません、急にお呼び立てして。私、上で娼婦をしている"ユノ"と言います」

「あぁ、良かった。初対面ですよね?」

「え? はい、そうですけど??」

「「…………」」


 応接室に、訪ねてきた娼婦を通し、話を伺う。扉の向こうに多数の気配を感じるが…………無実を証明するために、あえて放置する。


「それで、お話とは?」


 ユノさんは、見た目からして娼婦で間違いないようだ。いや、ハーフリングなので見た目は未成年にしか見えないのだが…………それでも服装は、露出が多く、スリットが実にセクシーだ。人族やエルフ族は、この魅力が分からないと言うのだから、本当に勿体ない限りだ。


「実は、誰とは言えないんですけど、娼婦仲間に伝言を頼まれて…………"手紙コレ"を読んでください」

「あぁ、それでは拝見させてもらいます」


 手紙は、バロットに関するものだった。多分、発信者を特定されない様、娼婦の間で手紙をタライ回しにしたのだろう。クラスメイトを暗殺した美人局が、直接乗り込んできた可能性も考慮したが……。


「ユノさんでしたっけ。この手紙の内容は、聞いていますか?」

「いえ、でも、不味いものなんですよね? でも私、全然お客がとれないし、断るのも苦手で……」


 青白い顔で取り乱すユノさん。どうも彼女は、要点を纏めて話すのが苦手なようだ。もちろん演技の可能性も否定できないが…………それでも、暗殺者の真似事が出来るほどの、体力や技能が備わった体には見えない。


「ユノさん、落ち着いて」

「はひっ!」

「手紙は、ちょっとした"商談"の話ですよ? 多分、先輩たちにカラカわれたんじゃないですか?」

「え? あ、あぁ……」


 手紙の内容は、『バロットの命を差し出すから、一連の事件を"手打ち"にしてくれ』と言うものだった。


 クッコロ村の人たちを大勢不幸にして、1人の犠牲で済ませるのは、あまりにも釣り合いがとれない。しかしイリーナの事だけを考えるのなら、悪くない提案だ。どうせ俺には、ユグドラシル以外に散っていった犯行メンバーをどうにかする事は出来ない。結局、『他のメンバーへの裁き』は他人任せになってしまうのだ。


 因みに、提案を受け入れるフリをしてバロットを殺し、その後に他のメンバーを襲うと…………『組織として本格的に俺や、その仲間をターゲットにする』そうだ。どこまで本気かは分からないが、俺としても無関係の人を巻き込みたくは無いので、その手は封印しておく。


「今、返事を書くので、少し待っていてくださいね」

「あ、はい。お願いします」




 とりあえず手紙には、『バロットくらい、いつでも殺せる。ナメてんじゃねえぞクソビッチ』と、書いておいた。

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