#118 バロット②

「くれぐれも、身の丈を忘れるなよ」

「はい。リリーサ様も、お気をつけて」


 ユグドラシルを出立するリリーサ様を見送る。と言っても、しばらくは外にある三ツ星商会に滞在するらしい。しかしそっちには、俺は顔を出せないので会えなくなるのは同じだ。


「ふん! ルリエス、あとは任せた」

「はい。キョーヤさんの事は、お任せを」

「いや、別にその男の事だけでは無いのだが……」

「「…………」」


 分かりにくいが、ルリエスさんは不器用ながらも世話焼きで、弟子の俺をいつも気にかけてくれている。一応…………リリーサ様とセットで嫁に貰う話になっているので、ゆくゆくは……。





「おいバロット。お前、勇者を殺したって本当か?」

「 ……何の事だか、分からないな」


 裏通りにあるシケた酒場に入ると、マスターが突然、とんでもない事を耳打ちしてきた。


 とっさにシラを切ったが、この"情報"が何処まで広まっているか、場合によっては……。


「そうか。まぁいいや。いつものでイイんだろ?」

「あぁ、頼む」


 そう言って、無言で"倍"の値段を払う。


 各階のキャンプ地には、騒がしい表通りの酒場のほかに、落ち着いた雰囲気で酒や語らいを楽しむための酒場も存在する。そしてそう言った店は大抵、マスターが副業で"情報屋"をやっており、冒険者ギルドが取り扱う情報とは毛色の違う情報が集まる。


「今日、お前の事を訪ねて回る"ヤツ"が来てな、あの調子だと、他の店でも聞いて回っているぞ」


 <サイレンス>の魔道具を起動させ、掴んだ情報を語るマスター。マスターはあくまで情報屋であり、そこに敵味方の概念は無い。しいて言えば"金"の味方であり、より多く情報料を積み上げた方に味方する。


 そんなわけで、今度はツマミに倍額を払う。


「そいつは、何処のどいつだ?」

「とある勇者に仕えている奴隷だ。最近、勇者が連続で死んだ(失踪も含む)だろ? その容疑者として、お前を怪しんでいるようだ」


 奴隷と言うと、真っ先に思いつくのが肛門の破壊者アナル ブレイカー四天王の1柱だが…………アイツは他の四天王や聖光同盟の連中とは敵対していたはず。まぁ、敵対しているとは言え、同郷のよしみで依頼を受けたってところか? なんだかんだ言いながらも何度か助けていたので、情報屋と同じく、金次第な性格なのだろう。


 俺の勘が、出費を惜しむなと囁く。


「それで、俺を睨む根拠は?」

「直接見たわけでは無い様だが、どうも"音"を聞いていたらしい」


 音と言うと、やはり犬笛だろう。犬笛は人族には聞き取れない便利な指示魔道具だが、弱点も多い。もちろん、周囲には気を使っていたが…………犬笛は遠くまで響くので、聞こえる相手が居ると、離れた場所でも感知されてしまう。多分、半獣人のガキだろう。アイツは、見た目こそバカそうだが、子連れ獅子のもとで英才教育を受けている。音や臭いなど、斥候としての能力はバカに出来ないようだ。


「そうか。しかし、そうやって聞き込みをしているって事は、"確証"は無いんだな」

「どうだろうな」


 シッポを掴まれたのは予想外だったが、確証が無いのは不幸中の幸い。しかし、問題なのは"聞き込み"の方。この調子で、俺の隠しジョブを言いふらされると、もう、ユグドラシルでシノギは出来なくなる。


 金にならない殺しはしない主義だが…………こうなると口封じをしない訳にもいかない。しかし、相手はゲートキーパーと単身でやり合うバケモノ。迂闊に喧嘩を売れば、俺の尻は確実に破壊されるだろう。かと言って、奴隷を殺したとして、それでビビって引き下がってくれるとも思えない。


 安全策をとるなら、ユグドラシルから撤退するのが一番だが…………このタイミングでギルドに所属地域変更申請を出すのは怪しすぎる。それこそ、自分から『俺が犯人です』って言っているようなものだ。


「マスター、肛門の破壊者、掘る方じゃなくて、破壊する方の交際関係はどうなんだ? 噂では、身内を全員女でかためるほどの"女好き"って話だが」

「確かに女好きらしいが、色仕掛けは止めておくのをお勧めする」

「ん? なにか問題でもあるのか??」


 相手は勇者であり、身体能力はそれなりに高いらしいが、それでも不意討ちで殺せないほどの相手ではないはずだ。ただし、問題になってくるのはギフトの方。ギフトに関しては本当にピンキリなので、無視出来るものもあれば出来ないものもある。


「どうも、真正のロリコンらしい。20歳以上は完全に対象外。若くても、身長や胸が大きいと、起たないって話だ」

「そう言えば、側近は、どいつもチンチクリンだったな」


 ますます持って隙が無い。色仕掛けが通じる相手なら"ホンフェイ"に頼む事もできたのだが…………そうなると、"トンスル"に頼むか?


「悪い事は言わない。キョーヤに手を出すのは止めておけ。アイツはニーラレイバ様のお気に入りだ。取引している商会も多いから、下手に手出しすると、それ以上のシッペ返しを貰う事になるぞ」

「分かってるって。俺を誰だと思っているんだ? 今更、そんなヘマするような男なら、とっくに死んでいるっての」


 厄介な相手に目をつけられてしまったが、それでも放置するわけにもいかない。冒険者は"実力主義"の世界と思われがちだが、それ以上に重視されるのが"信用"であり、それを失うとギルドに目をつけられ、クエストも受けられなくなってしまう。


 そういう我儘が通せるのは、最前線で活躍する一握りのヤツラだけなのだ。




 そんなこんなで俺は、自分のしりを守るため、キョーヤとか言う勇者に(陰ながら)挑む。

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