#117 バロット①

「そう言えば、イノリさんの警護は誰がするんですか?」

「え? さぁ??」


 殺人事件(未確定)が起きていても、普段のノルマは消化しなければならない。そんな訳で今回は、新入りを連れて、28Fにゴート狩りにやってきた。


 まぁ、新入りは荷物運びなので特に何か教える訳でも無いが…………俺はこういう前時代的な特訓も、嫌いじゃない。


「さぁって、キョーヤさんは何かしないんですか!?」

「しないな」


 カースマルツとやり合う事が決まり、落ち着かない様子のクッコロ。しかし、残念ながら俺は警察でも無ければ、正義感溢れる少年誌の主人公でもない。そう言うのは、警備兵や本当の主人公(笑)の仕事だ。


「そんな! それじゃあ、次の犯行が!!」

「そんなに警備隊が信用できないか?」

「いや、そういう訳では……」


 気持ちは分かるが、専門家でもない俺たちが出しゃばっても、現場で働く人たちに迷惑をかけるだけ。俺たちは、俺たちに出来る事をすればいいのだ。


「ご主人様。例の資料が届いていました」

「あぁ、意外と早かったな。見せてくれ」

「??」


 運搬から帰ったイリーナから、とある資料を受け取る。


「ほら、次のエモノが来たぞ。あっちは任せた」

「えぇ~、気になります!」

「いいから、行った行った」

「うぅ……」


 クッコロを追い払い、資料に目を通す。一応、機密資料なので、見せるのは必要最低限に止めておく。


「容疑者は、絞れそうですか?」

「まぁ、ある程度はな」


 貰った資料はクッコロ村が襲われた当時、何らかの形で『村に関わっていた冒険者の中で、現在ユグドラシルに籍を置いている者』のリストだ。犯人は、冒険者であり組織。それなら冒険者として村に滞在し、入念な下見をしていたはず。もちろん、組織全員が堂々と村に正規滞在していたとは考えにくいが、それでも何人かは何食わぬ顔で滞在して、地理や所属する冒険者の戦力を調査していたはずだ。


 資料によると、該当者は20名。うち、村出身の若い冒険者は除外していいだろう。そうなると…………候補は一気に減って5名となる。


「ご主人様」

「ん?」

「追加で…………1年前の足取りも参照して貰いたいのですが……」

「もう、頼んである」


 カースマルツの犯行は、毎回、同じ面子で行っている訳では無い。普段は冒険者として活動し、依頼に合わせてその地域に居合わせた者が犯行を行う。だから足取りを洗っても、どこかで容疑者は散り散りになってしまう。


 そして1年前と言うと、丁度イリーナたちが襲われた時期だ。


「流石はご主人様です」

「言われるまでも無いだろうが…………バカ正直に殺しに行ったら、コッチが犯罪者になるんだからな」

「はい」


 短く返事を返すイリーナ。不安が無いといえば嘘になるが、それでもイリーナを信じ、もしもの時は全てを受け止める覚悟は出来ている。


「前にも言ったが、作戦は任せる。俺の事は気にしなくていいから…………自分の納得のいく"答え"を選べ」


 そう言って"1枚"の資料を手渡す。それは"バロット"という冒険者の資料。コイツは、一言で言えば『雑多な中年冒険者』だ。これと言って誇れるような実績は無く、1~2年間隔で各地を転々としている。調教師の資格ジョブは持っていないものの隠蔽や探索を得意としており、秘かに調教スキルを習得していても不思議は無い。


 状況証拠だけで、コイツが犯人だと確定した訳では無いが、これだけ条件が揃っていれば取っ掛かりとしては充分だ。


「ご主人様。このご……」

「イリーナ。そのセリフは、ちと早くないか?」

「ふふ、そうですね。何だか、あと一歩で終わるような気分になっていました」


 当然手伝いはするが、"やり方"はイリーナに任せる。加えて、他の構成員の問題も残っている。現在判明しているのは調教師と美人局の2人。しかし、貰ったリストの中に女性は存在しない。つまり、美人局はクッコロ村の事件には関わっていない可能性が高いわけだ。悩ましいところではあるが、組織となると分業している可能性もあるので、ここは追加の情報を待つしかない。


 あとは、更なるメンバーだが。組織の規模からして、もう1人くらいは居そうだ。しかし、死体搬出の件は奴隷商が協力した可能性もあるので、現状では何とも言えない。美人局も含めて、そのあたりはバロットの交友から探るのが正解だろう。


「むしろ、スタートだろ? まぁ今回はルリエスさんも協力してくれるから、だいぶ楽だけど」

「リリーサ様には、感謝しかありません」

「多分ニラレバ様も、裏では協力してくれていると、思うけどな」


 組織間の抗争となると、重要になるのが"根回し"であり、直接的では無いものの、やはり貴族の支持があるのは頼もしい。まぁ、ルリエスさんのサポートは、ブレーキの意味が強いだろうけど。


「それでは材料も揃いましたので、今夜から例の"作戦"を実行に移そうと思います」

「さて、どう動くか…………不謹慎だが、少しワクワクしてくるな」

「そう…………ですね」


 少し引っかかりはあるものの同意してくれるイリーナ。結局、仇討ちも立派な"人殺し"であり、やり方によっては犯罪になる。出会った頃のイリーナなら『仇を殺せれば後は何でもイイ』と平気で言い放っただろうが…………今は、もっと柔軟な発想で『綺麗な終わり方』を模索できるだろう。




 まだどう転ぶかは分からないが…………まずはバロットに仕掛けてみる。

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