#114 魔物犯罪

「……だから、犯人は必ず現場に身を隠しているわ」

「しかし、テイムしたばかりのウルフに、そこまで細かい指令が出せるものなのですか?」


 俺たちは久しぶりに犬子に会い、調教師について話を聞く。


 ゲームだと、テイムした魔物は普通に街中に連れ込めるが、現実にそれをやるのは許されない。大抵の街や村は連れ込み禁止で、良くても檻や拘束具必須が限度となる。その為、狩りに魔物を用いる猟師などは、村の外に住まいを構える。


 そんなわけで、ユグドラシルでも常時使役した魔物を実戦で活用している冒険者は居ない。将来の為に軽く勉強している者が少数居る程度であり、そのため今回は、仕方なく犬子を頼る事にした。


 せめて猟師の娘である、鞭子が居てくれたらよかったのだが。


「少なくとも、私は出せるわね。普通の動物と違って、魔物への命令は…………魔法みたいなものだから、術者の腕で結構カバーできるのよ」

「なるほど……」


 普通に話を進めるイリーナと犬子。2人の仲は、間違っても"良好"とは言えない。しかし、イリーナは俺のところに来てから大分角が取れたし、犬子は逆に、警備隊に入って角がたってきた。今ならある程度、割り切った会話なら出来るようだ。


「でも、結局はキャンプ地から出ないと犯行はおこなえないんだし、あとはウルフに負けないだけの実力がある人なら、大丈夫なんじゃないの?」

「それは、そうなのですが…………裏をかかれないとも、限りませんし」

「別に、責めている訳じゃないんだから、そんなに申し訳なさそうな顔、しないでよね」


 殺害される可能性が高い人物は、あと2人。犬子は、その事について詳しい事情は知らない。しかし、『犯罪の可能性があり、犯人について話してしまった知人も狙われる可能性がある』と警備隊経由で警戒命令が出ている。


 そしてその2人は現在、勇者寮に引き籠っており、更には警備隊がキャンプ地の出入りを監視しているので…………ダンジョン内に誘導して暗殺するのは不可能と見ていいだろう。それこそ、警備隊に共犯者が居ない限りは。


「それで、"犬笛"なんですけど……」

「あぁ、コレね。それじゃあ、使うわよ」

「お願いします」


 魔物への指示は、普通は肉声を用いるが、他にも笛などを用いるスタイルもあるそうだ。ただし、<念話>を用いて…………ってのは出来ないらしい。ウルフは(魔物の中では)比較的知能は高い部類だが、それでもパーティースキルを使いこなすには"知能”がまるで足らない。


「どうだルビー、聞き取れる?」

「ん~、まぁ聞こえるけど、細かい部分は、ちょっと自信ないかも~」

「半獣人だと、そんなものよ。でも、警備隊に所属する獣人は、全員完璧に聞き分けられるわよ」


 肉声での指令は、通りがかった冒険者に聞かれてしまう可能性があるので、犯人が使用しているとは思えない。そうなると可能性が高いのは犬笛だ。これなら獣人以外は聞き取れない。しかし、代わりに犬笛と言う証拠を犯人が所持している事になる。


 出来ればやり合いたくは無いが、もし犯人に命を狙われるような状況になれば…………ルビーの耳で犯人の場所を探り、証拠をおさえてしまえば『通りがかりです、知りません』などとシラを切られずに済む。


「でも…………そもそも、アイツラ犯人について何か知ってるんでしょ? 一応仕事だから従っているけど、普通にソッチから捜査した方が早いんじゃないの??」

「それは、まぁ、そうなのですが」


 もっともな意見だが、相手は"組織"であり、2人には『口を割れば殺される』自覚があるのだろう。最初の1人は、そのあたりを甘く見ていたってところか。


 加えて、2人もおいそれと真相は話せない。なにせ殺し屋に依頼していた内容が『デブの暗殺』であり、会っていた犯人をどうにかしても、組織の仲間に暗殺される可能性があるからだ。それなら、今のまま『魔物に殺された事故』として処理された方が都合がいい。


「そういえば…………上で活動している連中はどうなんだ? 噂では、それなりに稼げているらしいけど」


 とりあえず聞くべき事は聞き終えたので、話をすり替えてしまう。これ以上は、知らなくてもイイ事だ。


「そんなの私に聞かれても……」

「なんだ、話はしないのか?」

「アンタこそ」

「「…………」」


 ウチで言えば、そのあたりの情報源は美穂とつるんでいたAとB、そして先生あたりなのだが…………勇者弁当の業務が聖光同盟に取り上げられ、詳しい内部事情が入らなくなってしまった。


 一応、光彦に代わってデブが第七階層を牽引しており、光彦もそろそろ復活するって噂は、冒険者伝いで聞いているが。


「その、ブタ…………交は、資金力にモノを言わせて、幅を利かせているらしいわよ」

「確か、パーティーメンバーも一新したんだよな?」

「そうらしいわね。外から来たエリートで、実力は確かなんだけど、その…………"人格"に問題がある人達みたい」

「人格ねぇ」

「「…………」」


 現在の第七階層は、まさに地獄。富と名声につられて集まった亡者が、命を落とし、同性愛者に喰い散らかされる。真に実力のある者だけが認められ、正論であっても力が伴わなければ虐げられる。


 俺としても実力主義なのは冒険者らしくて良いと思わなくも無いが……。それはともかく、国にとっても今の状況は都合がイイらしく、ギルドも個人の"恋愛"問題には口出し出来ないとして、黙認してる状況だ。


「せめて、美少年同士ならね……」

「「…………」」




 そんなこんなで俺たちは、次の犯行に備えて情報を集めていた。

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