#112 感圧義体
「これは…………何と言うか、凄く、バランスがとりやすいです!」
「成功」
兼ねてより開発していた軟性素材を活用した義足が完成し、長女には試用試験に協力してもらう事となった。
「まだ調整は必要だが、とりあえず"様子見"は出来そうだな」
「神経伝達強度の調整は重要」
軟性義体には、動力や体を保持するだけの剛性は望めない。しかし、既存の義体の表面に"センサー"として埋め込むには都合のいい素材であった。
義足内には、魔術神経が通してあり、更に足裏を前後で分ける形で2つの軟性義体が埋め込まれている。これに神経を接続する事で、より正確に、義足にかかる加重を知覚出来るようになるわけだ。原理は比較的シンプルだが、実際には義足と神経の摩擦などの問題も多く…………試作品が出来るまで、なかなか苦労させられた代物だ。
(因みに、軟性義体を用いず、義体に直接神経を接続すると、刺激がダイレクトすぎてとても使い物にはならない)
「本当に
「魔法使いギルドや鍛冶師ギルドから出資は受けているから気にするな。それに、高いといっても、そこまで高いものでもないからな」
「いや、私からして見れば、充分過ぎるほど高いんですけど……」
通常の義足は(どうしてもオーダーメイドになるのでピンキリだが)30万くらいからであり、魔術義体は数千万となる。そこにきてこの"感圧義体"は百万前後で作れてしまうので、なかなかお値打ち感がある。
まぁ、『触覚が再現できる』と言っても、そこは疑似的なものなので精度は人体には及ばないし、ダメージ(傷)を修復する効果も無いので、定期的なメンテナンスと魔術神経の交換が必要になる。しかしそれでも、数千万に比べれば実用的な価格であり、『平民でも無理をすれば買える』値段に納まっているのは大きい。
「まぁ、コレを無理なく維持するなら、最低でも年収三百万は欲しいからな」
三百万となると『ちゃんとした商会に務めて安定した稼ぎが得られる』状態になっている必要がある。一応、冒険者でも稼ぎだけなら達成できるが、流石に感圧義体の強度は、戦闘には耐えられない。そうなると(この世界の)農家には厳しくなってしまう。
因みに畜産家は、冒険者ギルドに解体師として就職が決まっているので、年収の条件は満たしていたりする。
「それなら、丁度いい」
「ん? 何かあったのか??」
話を聞けば、どうやら三姉妹は三ツ星商会が新たに立ち上げる"調理部門"を取り仕切る管理者として、引き抜きの話が出ているそうだ。
つまりは就職内定であり、めでたい話なのだが…………どうやら鞭子と同じで、期限を待たずしての引き抜きを計画しており、現金はその後ろめたさから、俺への相談を後回しにしていたようだ。確かに、長女に関してはウチの調理組を仕切るリーダーであり、新商品の開発を担当する重要人物でもあるので、今抜けられるのは大きな痛手だ。
「 ……。御恩もあるので、期限までは務めを全うするつもりですが、その、勝手ながら"お願い"が……」
「別に、良いんじゃないか?」
「え?」
「いきなりってのは困るが、ちゃんと引き継ぎさえしてくれれば、俺としては引き止めるつもりは無い」
長女のお願いとは、多分『次女と三女だけ先行して三ツ星商会に移籍させたい』ってところだろう。次女はともかく、俺は三女に思いっきり嫌われている。正直に言って、"未成年"の少女にそこまで嫌われるのはショックだが、境遇は察するに余りあるので何も言えない。加えて、新たに建てられる調理工場は完全なる男子禁制となっており、性被害にあった女性でも安心して所属できる施設になっている。
あと関係無いが…………俺はどうにも、幼い女性には嫌われやすいようだ。イリーナやルビーはそうでも無いので自覚は無かったが、(解放計画の一環で)ウチに来た幼い女性には、ほぼ間違いなく『生理的に無理、近寄らないで犯罪者』みたいな目を向けられる。
そこは、この世界の価値観や美的感覚が大きく影響していると、俺は見ている。なにせこの世界の人の平均顔面偏差値は非常に高い。そこにきて俺の顔は、ハッキリ言って平均以下。冒険者として成功しているのと、荒っぽい性格が多い冒険者界隈では比較的マトモな性格であるため、結婚を意識するようになった『未婚の成人女性』にはモテるが…………まだ、恋に恋するような年代にはウケないようだ。
「その、差し出がましい話ですが、私が居なくなったら、三ツ星の味は……」
「落ちるだろうな。あと、新商品の開発も滞るだろう」
「うぅ、そうですよね」
「しかし、それは施設を監督する俺の問題で、
「…………」
「まぁ、そう言う事だから、恩義とか、気にしなくていい」
幸いな事に、三ツ星の料理はあくまでマニュアルにそって作る"加工食品"であり、監督役が居なくなってもある程度の味は維持できる。正直なところ長女は、卒業後は"管理者"として正式に雇用する事も考えていたが…………まぁ、その事は『言わぬが花』だろう。
こうして俺は、1年を待たずして次々と卒業していく女性たちに、少しだけ、センチな気分を感じていた。
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