#108 実習試験③
「見ていてくださいね! キョーヤ様、鞭子さん!!」
「はい、頑張ってください!」
「張り切って、怪我するなよ」
第二チェックポイントに到着して、2人で現金を見送る。
2つ目の指令は、障害物競走のようなもので、制限時間内に『岩場に作られたコースを一周する』と言うもの。一次試験と同じで、思いっきり体力勝負の指令だが、コッチはパーティーメンバーと協力してもイイので、少し趣は違う。しかし、サブミッションが『1人で走破する』だったので、1人で挑戦する事になった。
「大丈夫でしょうか……」
「どうだろうな? まぁ、あの"ペース"なら大丈夫だろ」
現金は、あれでなかなか体力はある方だ。もちろん、文官志望の魔法使いとしては、だが。しかし、その分頭が回ると言うか、指令に対して『真の答え』を導き出す力は高いようだ。
今で言えば、焦る事無くコースをゆっくり登っている。制限時間に気を取られて本質を見落としそうになるが、この指令は『早ければ、それだけ良い』と言うものではない。あくまで、冒険者として悪路でも仲間に迷惑をかけない程度の体力があればイイ訳で…………逆に言えば『焦って怪我をする』のがダメなパターンだ。
「「…………」」
しばしの沈黙。昨晩、あんな事があったのもあるが…………俺と鞭子の仲は、元よりこの程度。特別、話題が無ければ2人で世間話を交わす事は無い。昔読んだ小説では、同じようなシチュエーションで女性を預かった場合、問答無用でホレられてしまうパターンが殆どだったが…………現実はこんなもの。鞭子はコレでも良い方で、三女に至っては明らかに俺を避けている始末だ。
流石に長女は仕事柄、話す機会はそれなりにあるが…………多分、卒業時には妹を連れてウチを出ていくだろう。もちろん、出ていくのは計画の趣旨に沿ったものであり、居座られても困るのだが。
「その……」
「ん? どうした??」
「実は、現金…………サーラさんから、お誘いがありまして……」
お誘いとは、やはり就職関係の話だろう。ウチで預かっている面々が"期間限定"なのは周知されており、畜産家はすでに、レザー商会から出向しているリンデさんに代わる形で、冒険者ギルドで解体師として働く話が出ている。
「文官が、人を雇うのか?」
「いえ、サーラさん。親の商会はお兄さんが継ぐらしいんですけど…………姉妹商会を立ち上げる話も出ているらしくて」
「まぁ、平民だと就職に失敗する可能性も、あるわけだしな」
この世界は階級社会であり『平等何それ? 美味しいの??』な状態だ。特に(冒険者と違って)文官はその傾向が顕著らしく、(実力に関わらず)貴族に縁のある者で新規採用は殆ど埋まってしまうらしい。
「それでサーラさんには、お金持ち向けの"特殊なアイテム"を販売する商売を、一緒にしないかって……」
真面目な話ではあるが、特殊なアイテムの内容を想像すると、どうにも肩が震えてしまう。
「そそ、それは、まぁ、良いんじゃないか? お金持ちには、特殊な"趣味"を持つ者は多いって聞くし」
「私なんかに務まるのかって気持ちは、当然ありますけど…………それは、この際問題じゃないって思うんですよ」
「??」
「その! リッカさんや、キョーヤさんにも、是非! 協力してもらいたいんです!!」
なるほど。話の趣旨を理解した。つまり自分や現金の商才よりも、『俺や博士の協力』が重要だと考えているようだ。
別に自分の商才に天狗になるつもりは無いが、実際問題、後ろ盾は重要で…………軟性義体1つ取っても、俺や博士の口添えが無ければ、魔法使いギルドを差し置いて優先供給を受けるのは不可能だ。
「俺は…………構わないが、クッコロには、もう話したのか?」
「いえ、まだです」
俺的には特殊アイテムよりも、クッコロとの仲を応援したい気持ちが強いのだが…………少なくとも俺の見立てでは、クッコロに"堕ちた"素振りはない。もちろん、今後進展する可能性は充分あるだろうが、そもそもの問題として、クッコロにサービス業が務まるとは思えない。それよりも、正式に冒険者として活動する道を選ぶだろう。
「そうか。まだ時間はある。確り話し合って、確り計画を立てるといい。俺に出来る事なら、協力するからさ」
正直なところ俺は、鞭子や薄利多売子くらいの"距離感"が結構好きだ。根っからのボッチな俺としては、男友達に惹かれるものは無いが…………"異性の友達"として、お互いの恋愛感には深く干渉せず『割り切った話が出来る相手』として仲良くやっていけそうな気がする。
「はぁ、はぁ。キョーヤ様、見ていてくださいましたか!」
そうこうしていると、現金がスタートでありゴールに戻ってきた。
「悪い、見てなかった」
「えぇっ!!?」
「ぷっ! 大丈夫ですよ、サーラさん。キョーヤさん、すぐに駆け付けられるように、ずっと目で追っていましたから」
「…………」
そんなこんなで第二チェックポイントも終わり、残すは最後の指令だけとなった。
*
「そんな! なんで剣で戦うんですか!!?」
「いや、ワタシ、普段は普通にショートソードで戦っているから。ギフトを使った技は、最終手段なのヨ」
「そんなぁ……」
無理を言って、前衛を交に変更してもらったメェルが、絶望し、力なく膝をつく。
試験は順調に進んでるが、メェルはソレよりも…………交に捨て身の攻撃をさせ、ソレを癒す機会を強く求めていた。
「アレ、すごく痛いのヨ? 防具だって脱がなきゃだし」
薄々感じていたが、負傷を心待ちにするヒーラーに、交は言い知れない不安感を抱いていた。
「私、回復魔法以外は、極力使いたくないんです。だから、お願いです! 私の為に"捨て身"で戦ってください!!」
メェルは、交に前科がある事を知っている。そして何より、交のビジュアルは、彼女に生理的な不快感を強く植え付けるものであった。しかし彼女は、スプラッタや、それを治療する行為に快感を覚える性癖を持っていた。
「悪いけど、ワタシはゴメンよ」
「そ、そんなぁ……」
しかし、交が捨て身で戦う事は無く、結果としてメェルには『醜い変態と時間を共にする』と言う苦痛だけが残った。
どちらも充分、変態ではあるが。
「そんなに回復魔法が使いたいなら…………
「へっ? エッチなやつですか??」
「違うわヨ! 他にも色々やっているけど、その同盟は上で、定額の回復サービスをやっているの。そこに加入すれば、負傷者を治療する機会はいくらでもあるワ」
聖光同盟は、快適で安定した冒険者ライフを斡旋しており、その業務の一環として…………加入者(お布施をした者)の回復支援と、回復薬や回復効果を持つ食料の分配を行っている。
その為現在は、栄子や美玲に屋台の手伝いの仕事は無くなっている。
「その話、詳しく聞かせて貰っても、よろしいでしょうか?」
第七階層では、毎日のように死傷者が出ていた。
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