#103 ブーメランとサーラ

「不味いな。ブタが警備隊に保護された」

「暗殺の方も、失敗したみたいだ」

「チッ! いくらつぎ込んだと思ってるんだ!!」


 腐ったミカンが、路地裏で悪臭を放つ。


「それで、失敗した訳だけど、お金は返ってこないの?」

「ダメだ、前金は返せないって」

「これ、もしかして詐欺だったんじゃない? 最初から、前金目当ての」

「あり得るな。何せ俺たち、訴えようが無い訳だから」

「クソッ! 何が前金だ! だから俺は犯罪者なんて信じられるかって言ったんだ!!」

「こうなったら、ヤツを締め上げて、前金を取り戻すしかないんじゃないか? どうせアイツも、訴えられない訳だし」


 面々は、見つけた殺し屋に少なくない額の報酬を払っていた。それは、聖光同盟に集められた資金を流用する形で賄われており、その喪失は『仕方ない』の一言で流せるものでは無かった。


「落ち着いて。今は事を荒げるべきじゃないわ。それよりも、問題はブタをどうするかよ」

「ダメだ。ブタには、ギルド員や警備隊の護衛がついている。アイツラ、完全にブタを擁護するつもりらしい」

「はぁ!? あり得ないだろ。あんな変態、助けて何の得があるんだよ!?」

「どうせ、金でも握らせたんでしょ? クズの考えそうなことよ」


 腐ったミカンは、揃いも揃ってブーメランを投げ合っていた。





「それではキョーヤ様、よろしくお願いします」

「えっと、コチラこそ、よろしくお願いします」


 俺を"様"付けで呼ぶところに、若干ビッチに近いものを感じてしまうが…………俺を指名したのは火属性魔法が得意なサーラであった。


前衛:俺。回避型の前衛としての採用。魔物のタゲを回避主体で受け持ち、後衛の攻撃機会を作る。

中衛:弓子(ティアナ)。索敵は最小限で、前衛と同じく回避主体で攻撃機会を作る。

後衛:サーラ。殲滅担当の純粋な火力役。


 一発型のサーラは、22Fでトレントを狩るプランを選んだ。基本的に複数体に囲まれると対処できないので、(積極的に魔物に挑むのではなく)安全な場所に"ほどほどに強い"魔物を釣りだして倒すプランになる。


「えっと…………よろしくお願いします」

「……。わたくし、この日を心待ちにしておりましたの。キョーヤ様の逸話はロゼ様から聞き及んでおり……。…………!」

「…………」


 弓子を無視して話を進めるサーラ。彼女の家は、一言で言えば『成金商人』なんだとか。その為、上下関係を強く意識する傾向が強いようだ。一見すると俺に好意を抱いているように見えるが…………心の中は、どうだか分かったものじゃない。





「どうですキョーヤ様。キョーヤ様には遠く及びませんが、この程度の相手なら……」


 狩場に移動し、さっそくトレントを華麗に屠るサーラ。


 しかし、活躍しながらも俺へのヨイショを欠かさない姿は流石だ。ココまで打算的だと(俺を前衛にしてまで)弓子を中衛にした理由にも予想がつく。


「そっちの木は、(擬態した)トレントだ。近づかないように」

「流石はキョーヤ様です! 新人冒険者とは、格が違いますね!!」

「…………」


 弓子は、ただの引き立て役。学園でも、引き立て役を連れ歩き、派閥で行動する姿が目に浮かぶ。


「動かないなら好都合です。見ていてください!」


 しかし、親の七光りで威張っているだけの無能では無いようだ。プライドを守るために、努力もそれなりに重ねてきたのだろう。体力も含め、魔力の総量以外は高い水準(セレナと比較して)で纏まっている。


 何と言うか、『出世しそう』なタイプだ。


「キョーヤさん、私、帰ってもイイですか?」

「奇遇だな。俺も同じことを考えていた」

「「…………」」


 しかし、本人は文官志望であり、将来的に魔法戦闘に携わるつもりは無いそうだ。実習訓練に参加するのも、自分の魔法適正と(学園で一番有名な)ロゼさんに取り入る為に過ぎなかったのだろう。


「見てくれましたか、キョーヤ様!」

「あ、あぁ。良かったんじゃないか? もう教える事は無い。帰ろうか」

「え? それはコチラとしても助かりますけど……」

「冒険者家業は、短時間で狩りを切り上げる事も多い。下手に欲を出して籠っても、負傷するリスクを増やすだけだからな」

「なるほど! 一理ありますね」

「…………」


 訓練を早々に切り上げてしまうのは問題だが、こんな調子では続けていても気分が悪くなるだけ。実力的も問題ないので、ここは弓子をケアする意味も込めて"打ち切り"を選択する。


「(なぁ、弓子)」

「(何でしょうか?)」


 弓子にこっそり話しかける。


「(俺の世界では"現金"に、相手の収入で意見を変える"利己的"って意味もあるんだが、コッチの世界ではどうなんだ?)」

「(その様な意味は無いですが…………なるほど、お金で意見を変えるから現金ですか。面白い言い回しですね)」


 やっと弓子の顔に、笑みが戻る。


 弓子は、時おり俺をライバル視する様な目で見てくる事がある。しかし、俺的には嫌いなタイプではないし、クッコロの事も秘かに応援している。そんな訳で、(弓子に対して)マウントを取るつもりは無いし、良好な関係を築いていきたいと思っている。


「おい、"現金"」

「え? 現金って、私の事ですか??」

「すぐに帰ると講師に目をつけられる。軽く時間を潰してから行くぞ」

「え? あ、はい。そうですね」




 その後は、折角なので弓子に、ちょっと"アレ"な知識を授ける事にした。

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