#102 変身能力と精神変化

「一応、命に別状は無い様ですが、その……」


 実習を終え、集合場所に帰還すると、クッコロたちの班が負傷者を救助していた。


 そこだけ聞けば美談にも思えるが、事態はそんな単純なものでは無い。保護された者は、勇者であり、第二階層くらい余裕であるはずの"デブ"だったのだ。


「なにか、不自然な点でも?」

「はい。意識を失い、変身は解けているはずなのですが…………彼の体は、女性を模したままなのです」


 冒険者ギルドの医務室に運ばれ、応急処置を受けるデブ。そして、その状況を伝えてくれるのはノルンさん。


「やはり、彼の性別は不安定になっている様ですね」

「ルリエスさん」


 そこに現れたのはルリエスさん。全ての勇者を逐一監視している訳では無いものの(推測では)ニラレバ様は勇者の動向を監視する任を受けている。よって、この状況もある程度認識している部分があるのだろう。


「性別が変わるって、そんな事あるんですか?」

「もちろん臓器など、完全に変わってしまう事は無いのですが…………変身能力を持つ者が、本来の姿を見失う事は珍しくないようです」


 デブの変身能力は、見た目のみを変える幻術系ではなく、脂肪を移動させる物理変化だ。つまり、"初期位置"が深層意識レベルで書き変わってしまった場合、意識を失っていてもソレに変身能力が引っ張られてしまうのだ。『遺伝子がどうなっているのか?』とか、疑問は残るが、そこは物理法則を無視できる"魔力"が織りなす不思議の範疇なのだろう。それこそ、今後、完全に性別が変わってしまう可能性もゼロとは言いきれない。


「それで、現状では命に別状は無いので…………意識を取り戻し次第、彼には(勇者)寮へ帰ってもらう事になるのですが……」

「それは、危険だと思われます」

「ですよね」


 性別もそうだが、さらに問題なのはデブが『誰かに命を狙われている可能性が高い』点が挙げられる。一応、性被害にあった女性の関係者の可能性もあるが…………まず間違いなく犯人は『光彦信者の誰か』だろう。よって、勇者寮に帰すのは危険が伴う。


 まぁ、普通に死ぬ分には職業柄、仕方ない話なのだが、"他殺"は流石に不味い。その事は犯人も理解しているのか、犯行にはテイムしたウルフを用いているようだ。


「ご主人様」

「あぁ、イリーナ、どうだった?」

「はい、確認したところ……。……」


 ウルフを用いた犯行ならば、真っ先に容疑者にあがるのは犬子だ。しかし、彼女にはアリバイがあった。まぁ正直なところ、俺も『犯人は犬子ではない』と思っている。


 確かに能力だけ見れば条件は満たしているが、犬子は警備隊に所属し、(獣人に囲まれ)新たな人生を満喫している。そんな彼女が、こんな分かりやすい犯罪で人生を台無しにするだろうか? なにせ(裁判の時の)嘘発見器にかかれば、ソレで終わりなのだから。他の信者テイマーも含めて、やはり真っ先に容疑者にあがる様な立場(正規テイマー)の者が犯人である可能性は低いと思われる。


 ここは、犯人が『殺し屋(非正規テイマー)を雇った』と考えるのが自然だろう。


「それで、ニラレバ様は、どうするつもりなんでしょうか?」

「まだ正式な決定は下りていませんが…………事を荒立てるのは、得策ではないかと」

「でしょうね」


 この事件、金と時間をつぎ込めば、犯人の特定は容易だ。なにせ狂信的な信者は、ゲートキーパー戦以降、数を大きく減らしている。しかし、そんな事をしても失うものの方が大きい。俺も含めて、ニラレバ様は"正義"を掲げて勇者を管理している訳ではない。純粋な利害があって動いているだけで、必要なら事実を闇に葬る事も厭わない。


 つまり今回の事件は『無かった事』にするのが、一番なのだ。


「勇者・コウの身柄は、一度、警備隊の救護施設に預けます。そして……」

「「??」」

「勇者・ミツヒコが復帰したのちは、彼に託すのが宜しいかと」

「「…………」」


 あまりにも残酷な判断に、ノルンさんと2人で言葉を失う。


 この事件に光彦は絡んでいない。もちろん、1番の被害者は光彦なのだが…………光彦の頭は万年お花畑を通り越して、万年千本桜状態。聞く話によれば、また都合のいい解釈で全てを美化しているそうだ。もちろん、精神を病んで…………って可能性もあるが、まぁ、可能性としては『信者の次』だろう。


 そしてなにより、デブの戦力評価は、負傷している光彦を抜いて暫定1位になっている。そんな稼ぎ頭を、危険だからと言う理由で、最前線から下げる損失は計り知れないものがある。


「犯人も、人目の多い前線では容易に犯行には及べないでしょう。容疑者である可能性の高い者を、同じパーティーに入れさえしなければ」

「それは、まぁ、そうでしょうね」


 狂信者なら、衝動的に犯行に及んでしまう事は考えられるが…………殺し屋も、この状況ではデブに手出しはしないだろう。殺しも結局"商売"であり、捨て身で犯行に及ぶ義理は無い。


「ここだけの話ですが…………ニーラレイバ様は、勇者・ミツヒコに代わり、勇者・コウを新たな"ユグドラシルの(表の)顔"にする計画なのです」

「「…………」」


 つまり光彦を『馬の前に吊り下げられるニンジン』にしてしまうのだ。


 光彦のカリスマは、命懸けで戦う前線の冒険者にとって眩しすぎるものがある。第七階層が解放できた今、狂信者を量産してしまう光彦を無理に前線で活躍させる必要はない。それよりも、程よい実力と、何より"不和"と競争を生むデブの方が、トッププレイヤーとしては都合がいいのだ。




 そんなこんなで、デブは擁護され、光彦の受難の日々は続く。

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