#101 メェルと巨漢の女性

「……回復しますので、心置きなく突っ込んでもらいたいんです」

「いや、それはちょっと」

「メェルさん、流石にその作戦は、危険すぎます」


 場所は12Fの外周に近いエリア。先ほどから頼んではいるが…………どうにも私が考えた作戦のウケは悪いようだ。


 今回、パーティーとして選んだのは……。

前衛:ミネルバ。アタッカー役として前に出て、積極的にダメージ交換を狙ってもらう。

中衛:ティアナ。索敵と後衛である私を守ってもらう。

後衛:私(メェル)。攻撃は必要最低限にとどめ、回復メインでパーティーを支える。


 私は回復魔法が使えるので、あえて新人冒険者の2人を指名した。当たり前だが、回復支援はダメージを負ってはじめて活躍の機会が回ってくる。その為、ある程度『無茶な狩り』を選択する必要があった。


「重症とまでは言わないので、軽く出血するとか、昏倒するくらいのダメージを、適度に受けてもらいたいのです」

「いや、魔物も本気でコチラを殺しに来るので、そんな上手く加減は……」


 問題は、基本的に『魔物はノーダメージで倒すもの』である点だ。もちろん、もっと上位の狩場に行けば継続ダメージなどもあるので回復魔法の重要性は増するが…………残念ながら下層には、そこまで厄介な魔物は出現しない。


 つまり私の活躍の場が、無いのだ。


「いっそ、私が鞭でミネルバを打って、回復魔法の効力を証明するって言うのはどうでしょう? 最後に、実演する形で」

「え? 流石にそれは……」

「いや、ソレで行きましょう!」

「えぇ!?」

「私、攻撃魔法は全然ダメなんです。だからこの際、回復魔法を使う機会が得られるなら、何でもいいです!」

「「…………」」


 私は、回復魔法で誰かを癒すのが好きだ。最初は、癒した人に感謝されたり、自分の価値を証明できたりする事が純粋に嬉しかったが…………いつしか、治療する行為自体に"快感"を覚えるようになっていた。


 回復魔法の使い手の中には、『自分が活躍できない状況は良い事だ』と言う人もいるが、私はあくまで治療したいだけであり、誰かが傷つく事にはあまり関心は無い。試験も、実力を証明しない事には始まらないので…………この際、傷の種類なんて何でもいいのだ。


「ちょうど今、魔力が余っているので…………ちょっと、傷を負って貰えませんか? 大丈夫、頑張って治療しますから!」

「「…………」」


 2人が『あ、コイツ危ない人だ』みたいな目を向けてくる。


 軽く暴走してしまったが、私はちょっと特殊な趣向を持っているだけで、常識はわきまえているし、犯罪者でもない。そこのところは、確り伝えておかなければ。


「えっと、すいません。今のは…………」

「いいんじゃない? ミネルバ。さぁ、お尻を出して。叩いてあげる」

「いや、だから私は! そんな事をされても喜んだりしないんだから!!」


 何やら2人の様子がおかしい。お尻を押さえて後退るミネルバさんに対し、潤んだ瞳で鞭をかまえるティアナさん。


「そんなこと言って…………お尻を叩いてもらうチャンスを伺っているの、気づいてないとでも思った?」

「いや、それは……」

「それとも何? あの男でないと、満足できないの??」


 あ、この人たち、危ない人だ。


 変なスイッチを押してしまったようで、2人は自分たちの世界に入ってしまった。とりあえず、死にたくないので周囲を警戒しつつ、心の中でティアナさんを応援する。


 すると…………少し離れた場所から『何かが戦うような音』が聞こえてくる


「2人とも、今、何か聞こえませんでしたか!?」

「いえ、特に…………」

「聞こえたよ! アッチかな? ほら、行ってみよう!!」

「「チッ!」」





「はぁ…………流石に、睡眠がとれないのは、キツイわね」

「「大丈夫ですか!?」」


 全身血まみれの巨漢の女性に、3人が駆け寄る。


「アナタたち、見ない顔ね。もしかして、新人ちゃん?」

「あ、はい」

「それより! 手当てを…………あれ??」


 巨漢の女性に、外傷らしい外傷は見受けられない。全身についた血が"返り血"である事を悟る3人だが、それでは彼女が、ここまで満身創痍である理由に説明がつかない。


「アナタ、回復魔法が使えるの?」

「はい」

「それなら、お願いしてイイかしら? こう見えて、結構ピンチなのよね」

「はい、任せてください」


 このエリアに打撃系の攻撃をしてくる魔物は少ないはずだが、それでも彼女の疲労は猶予の無いものに見えた。


「あの、よかったら水、飲みます?」

「お願い。あと、食料もあれば……」

「あ、はい。どうぞ」


 差し出された水と携帯食を、彼女は一心不乱に口に運ぶ。キャンプ地からそれほど離れた場所でもないのに、その姿は数日間、ろくな食事を口にしていないかのように見える。


「これでどうでしょう? まだ痛む場所はありますか??」

「ありがと。大分楽になったわ」

「こんなところで、どうし……」

「みんな、下がっていなさい」

「「え??」」


 彼女が、3人を自身の陰に招き入れる。ほどなくして、木の合間から数体のウルフが姿を現す。


「ここ、第二階層よね?」

「不味いわね。なんでこんなに大量のウルフが……」


 未成年であるメェルを庇う形でミネルバとティアナが前に出る。しかし、2人とて同時に複数体を対処する実力は無い。


「大丈夫。このウルフたちの狙いはアタシなの。アタシが健在なうちは、優先的に襲われる事は無いわ」

「そんな!?」


 本来なら、ウルフが特定の相手を執拗に狙う事は無い。しかし、全くないとも言い切れない。それは子連れであったり…………調教されたウルフであったり。


「まさか、アナタは……」

「お喋りは後よ。今は、食事の恩を返させてちょうだい」


 そう言って彼女は前に出る。両手を広げ、無防備を晒す姿を見て、ウルフがすかさず襲い掛かる。


「「危ない!!」」


 腕に、足に、そして首に…………次々にウルフが喰らいつく。ウルフの群れが全て、彼女に喰らいついたところで、3人は違和感に気づく。


「血が…………出ていない?」

「そんな、確かに牙は突き刺さっているのに!」


 次の瞬間、ウルフの体が風船のように膨らみ、そして、体内から幾つもの棘の様なものが生え…………絶命する。


「アナタは……」

「そう、私は勇者よ。ごめんなさいね。ゴタゴタに巻き込んでしま…………ぐふっ」


 話の途中で膝をつく彼女。一見するとダメージを負っていないように見えるが、それはギフトの効果で強引に傷口を塞いでいるだけ。大きなダメージを負った事実は変わらない。


「治療します!」


 とっさに飛び出したのはメェル。彼女にとっては治療できる事が喜びであり、何よりユグドラシルにおける微妙な勇者の事情に疎かった。


「また、助けられちゃった…………わね」




 すでに限界を迎えていたのか、彼女はそのまま深い眠りに落ちていく。

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