#096 改善と開発

「よう兄弟、会えて嬉しいぜ」

「久しぶり。お前は、相変わらず胡散臭いな」

「それはお互い様だろ? まぁ一杯やろぅや」


 今日も酒場では、冒険者たちが酒を酌み交わし、互いの夢や儲け話を語り合う。


「しばらく世話になるからな、ここは奢らせてくれ」

「相変わらず堅苦しいな? それとも、ソレがモテる男の秘訣ってか??」


 男の顔は老け気味ではあるが、渋みのある顔立ちをしており、この世界の基準ではモテる部類に分類される。


「どうだろうな。それより、ユグドラシルはどうなんだ? お前の事だ、すでに何人かカモったんだろ?」

「ハハッ! どうだろうな? でもまぁ、ココはいいぞ。夢見る若者が集まっているし、女の割合も多い。これからはもっと賑やかになる!!」

「そうか、それは楽しみだ」





「よし、それじゃあチャーシューの販売は、中止って事で」

「うぅ、残念です。味には、自信があったんですけど……」


 ここのところ、狩りのあとは薄利多売子と長女につかまり、そのまま会議の流れが出来てしまった。


 そんなに会議を開いて『話し合う事なんてあるのか?』と思われるかも知れないが、これが驚くほどあるのだから困ったもの。


「とは言っても、"使いにくい"って言われちゃうとね」


 ゴート料理の3本柱に掲げたうちの1つが早くも崩れた。


 なんちゃってチャーシューは、味には自信があり、"売れる"と思われたが…………残念な事に料理人からの評価はイマイチだった。理由は『料理として完結していた』ところにある。挽肉やソーセージは、そこから独自の料理に加工、あるいは既存のメニューに組み込めるのに対して、チャーシューは主張が強すぎて『買ったものをそのまま乗せているだけ』感がどうしても出てしまうのだ。


「個人向けなら問題無かっただろうが、やはり料理人としては"味付け済み"はダメなんだろうな」

「代わりに、燻製や干し肉の要望が来ています」

「それこそ完全な単品メニューじゃないか。どこが違うんだか……」

「それはそうですが、酒場では"市販されていない"オツマミの需要は高いようですね」


 正直なところ干し肉なんて、幾らでもマネできる料理は販売したくないのだが…………『不幸な若い女性が作っている』と言う謳い文句は、酒場向きであり、そこでは"乾きモノ"の需要が高いようだ。


「仕方ない。道具やスモークチップは用意するから、試作を作ってくれないか?」

「えっと、燻製の経験は無いのですが…………やってみます」


 三ツ星の売り上げは悪くない。それどころか好調過ぎて連日完売状態だ。生産数を絞っているので、自慢できるほどの量は売っていないのだが、それでも早い段階から黒字化できているのは良い事だ。


 しかし、そうなると専門の"営業"や"開発担当"が居ないのが痛い。一応、開発は俺と長女が居れば何とかなるが…………俺の本業は冒険者であり、手を広げ過ぎた結果、行く先々で今みたいに掴まる状況になっている。魔法学園の事もあるので、これ以上俺の手が必要な状況は、何とかしなくてはならない。


 営業に関しては、不定期の販促企画以外では、ほぼ何もしていない。基本的には生産のみで、ニラレバ様の販売網に商品を預け、そこから注文も一緒に受けている状態。ウチへの要望は、ウチに直接来るのではなく、『ウチに出入りする商人が断り切れなかった要望』となる訳だ。


「何と言うか、圧倒的に人手不足ですよね」

「そもそも、新商品のリクエストなんて、当初は受け付けるつもりは無かったからな」

「それでも要望は上がってきますし、付き合いもあるので完全に無視するわけにも……」


 嬉しい悲鳴ではあるが、あくまで目標は『施設の黒字化』であり、それ以上に稼いで"大商会"と呼べるような体裁を整えるつもりは無かった。


「とりあえず、これ以上、好き勝手に要望を聞いてはいられない。対応マニュアルと言うか、出来る出来ないのリストを作って、取引先に配るぞ」

「はい、それがいいかと」

「はぁ~、また事務組の仕事が……」


 最初は『いきなり9人も来られても……』と思ったが、蓋を開ければ圧倒的な人手不足。もう少し、人員が育ってくれば多少は改善するだろうが…………9人は1年間限定であり、新人育成とベテランの退社は計画の特性上、一生付き纏う問題だ。


 やはり期間契約ではなく、無期限で働いてくれる"正社員登用"を考えなくてはダメなようだ。





「ふぅ~。今日の素振りは、こんなものかな」

「お疲れ~。とりあえず、汗、流しちゃいなよ」


 新工房の中庭で、今日もミネルバが自主訓練に励む。付き添うティアナも、途中までは共に訓練に励んでいたが…………基礎体力の差は歴然で、最後まで付き合う事はかなわない。


「やっぱり、その場ですぐに水浴びが出来るのはいいよね」

「ちょっと、壁があるからって油断しすぎ。キョーヤさんが来たら、どうするの!?」


 汗でぐっしょり濡れた衣服を脱ぎ捨て、裸になるミネルバ。


「そそそ、それは…………いや、だから、戦士たるもの! 戦場では……」

「ここは戦場じゃないし、今時、兵士も男女別だよ?」

「いいの! これはあくまで精神鍛練の話なんだから」

「まぁ、ミネルバがイイなら、私はイイけどね」


 ミネルバの臀部に残る"アザ"を見ながら、ティアナは溜息を漏らす。


「そう言えば、レアさんはどうしたの?」

「あぁ、リンデさんのところで<解体>の指導を受けてるみたい」

「あぁ~。正直に言って、解体作業を舐めてたよ」

「私は、見慣れてるけどね」


 2人の脳裏に、昨日解体したゴートの"腸内"の映像が蘇る。


「肉とか血はいいけど、内蔵や消化後のアレは、まだ抵抗があるんだよね」

「いや、むしろ私は、普通に目を背けていたミネルバに驚いたよ」

「えぇ~。私、魔物を殺したことは何度もあるけど、あんな風に解体した経験は……」

「いや、内蔵そっちじゃなくて肛門あっちの話なんだけど……」

「え? 何の話??」

「いや、何でもない。忘れて」


 特殊性癖の知識に乏しいティアナが、手探りでミネルバの"守備範囲"を探っていく。


「そう言えば、そんなに頑張っているのに、なんでキョーヤさんには、あんなに反抗的なの?」

「そそそそそそそそそ、それは! ほら、何と言うか、歳だってそんなに変わらないのに、実力で差をつけられて、悔しいじゃない?」

「ふ~ん。そう言えば!」

「??」

「試し屋で"鞭"を借りて来たんだけど…………試していい?」

「え? 試す??」




 そこには、同年代の女性たちが互いに切磋琢磨し、交友を深め合う姿があった。

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