#095 仙緑膏・改

「なぁなぁ、ボス~」

「なんだルビー」

「"コレ"、似合うか?」

「ん~、控えめに言って…………最高だな」

「にしし~」

「うぅ、ご主人様!!」


 やってきたのは37Fの地底湖。つまりは水場であり、濡れる事が想定されるので水着を用意した。


 因みにルビーの水着は、シンプルなスポーツタイプのビキニだが…………ちょっと観衆の前には出せない感じの際どいローライズを選んだ。何と言うか、ヤヴァイ。


「イリーナも、今日は一段と色っぽいぞ」

「それは……。もう! 早く始めましょう!!」


 流石にイリーナは際どい水着を嫌がったので、背中の空いた競泳水着っぽいものを着せた。水着単体で見るといたって普通だが、ここにバックパックや防具の固定ベルトなどを合わせて"後ろ"から見ると…………綺麗に水着の布が隠れて、"裸"に見える。何と言うか、ヤヴァイ。


「うひゃ!? ボス! 水がめちゃんこ冷たいぞ!!」

「深場や滑りやすいところには注意しろよ。あと、焚火を用意するから、ちょっと待ってろ」

「おう!」


 用意しておいた薪に火をつけ、休憩場所を作る。


 ハッキリ言って、ユグドラシルの水系エリアは非常に人気が無い。その理由は単純に"寒い"から。通り過ぎる分には装備を着込んでいるので気にならないが、本格的に狩りするなら水着ではなく、ウエットスーツが必要になる。


「ご主人様。来ました!」

「よし! 作戦通りに行くぞ!!」

「おう!」「はい!」


 現れたのは"ブルーリザード"。名前の通り水属性のトカゲなのだが…………日本人的には、青いオオサンショウウオと表現した方が分かりやすいだろう。リザード系は基本的に防御力が高く、強い顎と高い耐久性を持っている。対してブルーリザードは、皮膚が非常に柔らかく『防御力の低さを再生能力』で補っている。


「うひゃひゃ、つめてぇ!!」

「うっ、本当に冷たいな。早く、陸に引き上げるぞ!」

「おう!」



 作戦は……。

①、水属性耐性の高い防具で固めたイリーナが水辺でエモノを誘う。


②、俺とルビーで囲み、フックのついた槍でエモノを陸に引き上げる。


③、イリーナが戦斧でエモノを両断して絶命させる。


④、即座に俺が<解体>で、目的の部位を摘出する。


 今回のメインターゲットはブルーリザードだが、検証のために他の魔物も一通り狩り、素材を集める。



「これで、トドメです!!」

「……やはり、真っ二つの状態から"再生"は出来ない様だな」

「足や尻尾を再生できるだけでも、充分凄いですけどね」


 とりあえず解体するのは[水蜥蜴の皮膚]。これをウチに持ち帰り、再生成分を取り出して仙緑膏に移す。


 <下位・回復薬生成>の原理は、薬草から"回復成分"を抽出しているだけなので、回復成分があれば薬草以外からも作れる。しかし、実際にはそこまで簡単な話でもない。入手難易度の問題もそうだが、なにより"純度"が重要で、複雑な構造を持つ魔物から回復成分を抜き出す際は、どうしても"不純物"が多くなり、手間と損失が極端に増加する。


 それなら、害の無い不純物をそのまま残したらどうか? 副作用の危険はあるが…………薬に副作用があるのは当たり前。昔は、それを承知で上手く付き合っていた。それが仙緑膏をはじめとする民間薬であり、限定的な効果をもつ治療薬となる。


「よし、さっそく第一目標を手に入れたな」

「ボス! 体が冷えた!!」

「ちょ、ルビー! なんで焚火じゃなくてご主人様に抱きつくんですか!!」





「あぁ~。これで、火傷の痕が消えるのですね」

「あぁ。消えるよ。きっと、たぶん、消えたらいいね」

「ちょ、なんで不安な言い回しに変えるんですか!?」


 数日後、ついに完成した[仙緑膏・改]をビッチに手渡す。


「いいから、使ってみてくれ。普通に塗って使う分には、副作用は無いから」

「それ、口にしたら危険って事ですよね? この際、治るならどうでもいいですけど」


 そう言いながらもビッチは、瓶に入った乳白色のクリームを大胆にすくい、躊躇なく顔に塗った。


「いや、害は無いと言ったが…………普通、いきなり顔に塗るか?」

「ちょ! だから不安な事を言わないでください! ちょっと、鏡、鏡はどこですか!!?」

「はい、どうぞ」

「こ、これは!」

「…………」

「まったく変わっていません」


 そう、ビッチの傷跡は消えていない。


仙緑膏・改それ、"1年"塗り続ければ、皮膚の部分欠損は大抵治るから」

「おそっ!!」


 地球人の俺的には『傷跡が1年間で綺麗に治る』なんて奇跡みたいな話だが、この世界では、瞬く間に回復するのが当たり前であり、詐欺みたいな話に思えるようだ。


「いいじゃないか。1年あれば"出所"に間に合うぞ?」

「出所いうな! と言うか、トロールはどうなったんですか!? 取れるんですよね? 第七階層で!!」


 中位回復薬の素材は、トロールや上位のトレントのドロップから作られる。そしてその魔物は、第七階層に出現する事が確認された。つまり、俺なら実質タダで材料を調達できるのだ。


「あぁ、薄利多売子に聞いたんだが、どうも中位回復薬は、素材よりも加工や道具を用意する難易度が高いらしいんだ」


 つまり、殆どが技術料と設備投資費なのだ。アレンジを加える余地も少ない事から『買った方が早い』と言う結論に行きついた。


 まぁぶっちゃけ、20万くらい1日で稼げるし。


「そんな、それでは、私はどうしたら……」

「だから、1年使い続ければ治るんだって。それにその仙緑膏、1つ4千で済むんだぞ?」

「いや、1つって、え?」

「ちょっとした傷痕なら1年で5万、流石に全身となると多く使うだろうが、それでも50万くらいで治る計算だ」

「おぉ!」


 ビッチの治療費は想定100万であり、治療期間を延ばすことで50万ほど節約できるのだ。


「あと、貯金が貯まったところで、残った痕を(中位の回復薬で)一気に直してもいいしな」

「それです!」


 仙緑膏は、基本的には下位の回復薬と作る手間は変わらない。もちろん、第一階層に自生している薬草と、第四階層のブルーリザードでは難易度に大きな差は出るが…………ブルーリザードの皮膚は1体から纏まった量がとれるので、初心者同士で取り合いになる薬草よりも、確実に入手できる利点は大きい。


 加えて、使用量を調整しやすく、なんなら複数人で1ビンをシェアしてもいい。


「まぁ、あくまで"計算上"は、なんだけど」

「ちょっと!!」


 即効性が無いので、効果のほどはじっくり経過観察するしかない。


「まぁ、とりあえず用意した分はタダでやるから実験台モニター、よろしく!」




 そんなこんなで俺は、仙緑膏・改の実証試験を開始した。


 のちに、女性冒険者の間で"必需品"と呼ばれる様になるのは…………まだ先の話。

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