#094 オネエ勇者と鬼教官

「まったく、手間をかけさせやがって」

「くっ! 殺ろしなさいよ!!」

「はぁ!? 殺すわけないでしょ? 光彦様の事が無かったら、殺していたかもだけどね」

「…………」


 集団に取り囲まれているのは肥満女性…………もとい、女性の姿に変身しながら光彦を体内に取り込む"交"の姿であった。


「交…………もう、こんなことは…………俺た、、、友達、だろ……」

「光彦様! 今は無理にしゃべらないで!!」


 つい先ほど、会議で『ニーラレイバの借金条件を受け入れる』事が可決された。これにより、光彦の右腕の治療が可能となり、その治療が終われば交が光彦と"肌を重ねる"必要性が失われてしまう。


 その為、交は衝動的に会議の場を飛び出し、即座に取り押さえられる流れとなった。


「やはり、逃げようとしたな」

「まったく、バレバレだっての」


 この展開は皆が予想していた事であった。ここ数日、昼夜はおろか睡眠や排泄の際まで、複数の男が付き添い、光彦の精神ケアをしつつ、交の暴走に備えていた。


「みんなも、どうかしているワ。あんな無茶な要求を飲むなんて」

「黙れ。それを決めるのはお前じゃない! あと、気持ち悪いオネエ言葉もやめろ!!」


 ニーラレイバが出した借金の追加条件は『利子の増額』。それまでの"利子"は(1億の借金に対して)10日で10万と、高くはあるが実力のある冒険者なら"払える額"であった。


 しかし、借金の追加とゲートキーパー戦以降の返済不履行を理由に、ニーラレイバが提示した条件は『利子は10日で100万』であり、更にそこに1億以上の元本の返済が加わる。


「しかし……」

「それに! お前も聞いただろ? この国の利子は"定額"なんだ。100万くらい協力し合えば充分払える額だ!」


 この世界の利子は"定額"と定められており、複雑な計算が必要となる乗算型の利子や、繰り越した利子の支払いを元本に上乗せする事は、法律で禁じられている。ゆえに分かりやすく、利子以上の金額を支払う財力があれば、破産する心配はない。(返済プランは個別の契約に順ずる)


「みんな、すまない。俺が…………から」

「「光彦!!」」


 右肺が機能していない光彦の声に、一同が一喜一憂する。しかしその絵面は、言葉にするのも躊躇われるほど、汚いものであった。





「よし、それじゃあソコの沼に…………顔から飛び込め」

「「えぇ……」」


 今日は冒険者組を連れて、6Fの沼にやってきた。目的はもちろん、冒険者組の"指導"の為。女性(一部例外あり)に厳しく当たるのは気が引けるが…………これは"命"に関わる事であり、なにより本人の為。俺もこの場では"鬼"になるつもりだ。


「その、強い魔物は居ないとはいえ、腐った水や、ヒルが……」

「それに、底なし沼だって可能性もありますよね?」

「いいじゃないか、訓練になって」

「「いや、それは分かりますけど!?」」


 いくら冒険者を志していても、流石にヤバい臭いが漂う沼に入るのは抵抗があるようだ。


「イイから、さっさと飛び込め!!」

「キャッ!!」


 尻を蹴り飛ばして、最初に沼ダイブを体験させるのは畜産家。種類こそ違うものの、畜産業をやっていたなら、臭いや汚れには慣れているはず。


「ほら、この石を拾ってこい」

「え!? ちょ、遠い!!」

「「…………」」


 道すがら拾っておいた石を、沼の中心に投げ入れる。これを取るには、自分から顔を浸けて手さぐりで探すしかない。


「ほら、なにをボ~っとしている。2人の分もあるぞ。…………ホラ!」

「仕方ないですね。うぅ…………泥につかるのは、子供の時以来です」

「…………」


 続いて弓子が、渋々沼に入っていく。やはり猟師の娘であり、山育ちとなれば、泥にまみれる機会はあるようだ。


 そして最後まで入れずにいるのは、村内育ちのクッコロ。性格的に"根性"は一番だが、育ちはそれなりに良いのか、追い込まれない限りは一番文句が多いのもコイツになる。


「ほら、ケツを出せ! 今、せなかを押してやる!!」

「クッ! こんな特訓、納得できません!!」


 尻を蹴られながらも、必死で強制沼ダイブに抗うクッコロ。試合に負けて少しは従順になったと思ったが、まだまだ調教が足りなかったようだ。


「手間をかけさせやがって…………ホラ!!」

「くっぅぅぅ!!?」


 へっぴり腰のため、突き出された尻に全力の平手打ちをお見舞いする。


 破裂音と共に、体を反り返しながら沼へと突っ込むクッコロ。何と言うか、気持ちいいほど綺麗に入り…………(手は可成り痛いけど)爽快感はなかなか良かった。


「ほら、どうした? 動けないなら、押してやろうか」

「ヒャッ! まだ、体が…………」


 沼に浸かってもまだ動き出せないクッコロを、俺も沼に入って追い打ちをかける。


 ユグドラシルはキャンプ地があるので、サバイバル技術の必要性は低いが、それでも外に出ればその限りではない。こう言うものは、最初に慣れてしまうのが"正解"なのだ。


「ほら、また尻が浮き上がっているぞ! そんなに尻を蹴られたいのか!!?」

「ちがっ! 私は決して、こんな屈辱になんて……」

「「…………」」


 全力で抗うクッコロを尻目に…………あっさり石を見つけた2人が、邪魔をしないようアイコンタクトだけを送り、沼をあがる。


 沼と言っても泥は殆ど沈殿しているので、素直に落下地点に行けば実はそれほど難しくないのがこの特訓のミソだ。ただし石を見失ったクッコロは、俺が"切り上げ"を宣言するまで沼に浸かり、俺に罵倒されながら蹴られ、叩かれ続ける事になる。


 多分、クッコロには一生恨まれるだろうが…………それでもクッコロが、つまらない死に方をしないで済むなら、俺は喜んで憎まれ役を買ってやる。




 こうして俺は、光彦を見捨てる事で空いた時間を、開放計画の為に使う。

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