#093 三ツ星印のゴート肉

「……して、なんとか私たち"だけ"は難を逃れましたが、他の方々は、もう……」

「おぉ、それは大変だったな。えっと、このソーセージだっけ?」

「はい、生き残った者たちで今は、細々と食品の加工をしているので、購入していただければ私たちの生活の糧となります」

「そうかそうか。それじゃあ、一皿貰おうか」

「はい! こちらのエールのセットを購入していただけると、更にお得です」

「お、おぅ。じゃあそれで」


 屋台通りで働くビッチたち。


 基本的に小売(顧客への販売)は予定していないが、今回は宣伝の意味も込めて、ウチのゴート肉を仕入れてくれた屋台に無料の売り子を派遣する。もちろん、障害者も混じっているのでそこまでハードな労働は出来ないが…………そこは無料サービスなので苦情は受け付けない。


「ディータさん、相当盛っていますね」

「それは、話の事か? それとも胸の事か??」

「そう言う所は、よく見ていますよね」

「…………」


 軽く墓穴を掘りながらも、話す相手は薄利多売子。当初は、ABたちと冒険をしながら空いた時間で事務処理をしてもらうつもりだったが…………人手不足から、完全にウチの担当になり、今では事務員兼マネージャーの様なポジションに落ち着いている。


 それはさて置き、やらせてみればなかなかどうして、ビッチには接客の才能がある。いや、あると言っていいのか悩ましいところだが、少なくとも物怖じしないし、なにより『バカな客を乗せる』のが上手い。


「しかし、効果的なのは分かりますけど、あえて障害者に接客を任せるのは…………何とも抵抗がありますね」

「結局、いくら綺麗事を並べても、本質は"善意"を利用するゲスな商売だからな」

「いえ、そこまでは……」


 接客には、片足を失っている長女も参加している。本来ならば配膳の仕事を任せるべきでは無いのだが…………これはウチのブランド『三ツ星スリースター』を売り込む広報活動なので、ビッチや長女の参加は必要不可欠となる。


「今は、三ツ星印と、ブランドのコンセプトを覚えてもらう事が優先だ。それさえ済めば、接客は捨てていいし、売り込みも"噂"任せにしていい」

「箱の焼き印を飾ってもらうのは、面白いコンセプトですよね」


 ウチの商品は全て、箱単位の販売で、バラ売りはしない。これは手間を省く事が目的だが、ついでに木箱の蓋に焼き印を刻み、それを販売店に掲げてもらう。これはもちろん任意だが…………掲げておけば店側は『社会貢献をしているアピール』が出来るので、やって損は無い。


 逆に消費者は、三ツ星印の店で食事をするだけで、社会貢献いいことをした気分に浸れる。それに何より……。


「コレ、本当にお嬢ちゃんたちが作っているのか?」

「はい。施設は行き場を失った若い女性が対象で…………このソーセージも20歳以下の女性しか触れていないんですよ」

「おぉ、そうかそうか。これは、酒がすすむな! エール、御代わり!!」

「はい、よろこんで~」


 三ツ星の、表向きの"売り"は社会貢献だが、そんなものは建前で、真の売りは『若い女性が作っている事』だ。


 結局のところ、男は"下半身"優先の愚かな生き物なのだ。特に、独身の多い冒険者や、酒場で酒に有り金を注いでいる連中は…………たとえ味に変わりはなくとも、むさいオッサンが作った料理よりも、美女が作った料理を好む。それこそ、多少高くとも喜んで金を落としてくれるほどに。


「この調子なら、もっと販売量を増やしてもよさそうですね」

「最初にも言ったが、幾ら売れても生産量を増やす予定はない」

「はぁ~。失敗した私が言うのも変な話ですけど、売れるものを売らずに稼ぐ、と言うのは何ともムズ痒い商売ですね」


 三ツ星は、男の下心を利用したゲスい商いだが、ブランド品として売り出す以上、一定の品質を保証する部分を怠るつもりはない。それに何よりゴート料理は"家畜"ではなく、ダンジョン内の魔物に依存しているので…………例えば、荒稼ぎして同業他社に恨まれでもしたら、ゴートを乱獲されて終わってしまう。


 この商売、チョロい様に見えて、実は"匙加減"の調整が非常にシビアなのだ。


「きょ~や! 調子はどう!?」

「ディータは、上手くやってる?」

「あ、エイコさん、ミレイさん、お疲れ様です」

「フェリスも、おつかれ~」


 やってきたのは、ノルマをこなして様子を見に来たAとB。2人も食品関係の屋台を経営しているが、弁当は生産量に限りがあり、加工品を使っても意味が無いため三ツ星の商品は購入していない。


「あぁ。少なくとも、見ている限りはな」


 今は他者の目もあるので話を盛る程度だが、それでも仕事に前向きなのは充分『進歩した』と言えるだろう。最悪、稼いでいる冒険者を捕まえ、分かりやすい贔屓で場の空気を悪くする可能性だってあった。


 いや、もちろん、こっそり連絡手段や、夜のお誘いをしている可能性はあるが…………そう言った個人的なアプローチにまで口を挟むつもりはない。借金さえ返してもらえるなら、寿退社はむしろ望むところだ。


「一体、ディータに何をしたのですか? 正直なところ、別人かと思いました」

「いや、ちょっとお灸をすえただけなんだけどね」

「そうそう、夜の個人授業で、ね!」


 ここ数日、ビッチは朝帰りの日々が続いていた。状況だけ見れば、適当な冒険者に取り入ろうとしていたようにも思えるが…………実はそうではない。ビッチは(ウチでは使えないので)AとBのところで働かせていたが、流石にあの態度はAやBとしても容認できるものでは無かったらしく、そうとう扱かれたそうだ。色々な意味で、色々なところを。


「お、お姉様! お疲れ様です!!」

「おつかれ~」

「ちゃんと働いてる? サボっていたら、また指導だからね」

「そんな!? ちゃんと働いています! そうでしょ!? キョーヤ様!!」

「え? どうかなぁ」

「ちょ!!?」


 AとBにビビり散らすビッチ。こいつは所詮、井の中の蛙であり、実際にはただのマグロだったそうだ。


 ユグドラシルには、美系種族のエルフが多数在籍しており、更に"性技"ではAやBに圧倒される。そのあたり、ネットが普及して変態行為への探求が進んだ我が祖国は、この世界を完全に圧倒しており、カルチャーショックが大きかったようだ。


(まぁ、その進み過ぎた変態知識のせいで、生命と尊厳の危機に瀕している勇者もいるが……)


 実際俺も、日本では誰でも知っていそうな行為をイリーナやルビーに頼んで、驚かれた経験が幾度となくあった。何と言ったらいいか…………2人は性格が真逆なので(物理的に不可能なものはあるが)2人ともNGな行為はそうそう無い事は、本当に有難い。




 そんなこんなで、三ツ星の評判は上々であり、当面は安泰だと思われる。

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