#091 中位回復薬と淫夢

「なんで私の分が無いんですか!!」

「え? 信用が無いから??」

「ハッキリ言うな!」


 ヒステリーを起こしているのはもちろんビッチ。気持ちは分かるが、入手した回復薬は5つであり、見た目以外に問題の無いヤツに分け与える余裕はない。


「ははは、性格を治す薬があれば、真っ先に使うんだがな」

「黙れロリコン!」

「いや、俺のどこがロリコンなんだよ?」

「「…………」」


 皆が揃って視線を逸らす。負け犬の遠吠えなのは分かっているが、"誤解"する者が出てこないかだけは心配だ。


「まぁイイや。とりあえず、今回入手した回復薬を与える者を発表する!」

「「…………」」

「まず1つ目は、用品店!」

「セルピナです」

「次は…………弓子!」

「セレスなんですけど、ありがとうございます」

「そしてクッコロ!」

「私だけ愛称が意味不明なの、なんとかなりませんか? まぁ、有難くいただきますけど」


 少し物腰が柔らかくなったクッコロ。やはり体育会系には"力"を示すのが手っ取り早いようだ。


 因みに用品店と弓子は、負傷した際に軟骨や骨を損傷しており、それを『正しく矯正せずに回復薬を使ったため起きた"歪み"』が原因であった。これは適切な処置をすれば治るものであり、すぐに復帰できるだろう。


 クッコロに関しては、多くの傷跡が残ってしまうが、とりあえず今回の分で骨や筋肉の異常は治療できる。あとは初回分の治療費を返済しながら…………次女も含めて、外傷の治療費は自力(借金無しで)で稼いで得た賃金から払ってもらう。


「残りは2つね。もちろん、1つはお姉ちゃんの分ですよね?」

「そうなるな。長女は義足の調整があるから、あとでベールさんのところへ行ってくれ」

「はい、ありがとうございます。あと、私の名前はレアです」


 長女は片足を完全に失っている。それは"潰れて"しまったので仕方無いのだが、代わりに義足が必要となる。一応、車椅子でしばらく誤魔化す事も考えたが、やはり慌ただしい厨房で車椅子は何かと都合が悪い。性格に問題も無いので、薬代と合わせて50万を俺が立て替え、1年間働く中で返済してもらう。


「それでは、残る1つはディータわたしが頂きますね。これで、顔だけでも……」

「いや、それは俺の分だ」

「はい? 貴方、普通に動けているじゃありませんか」

「まぁそうだが、それでも万全の状態ではないからな」

「それこそ、低い階層で誤魔化せばいいではないですか」

「いや、俺は低ランクのクエストは受けられないから。それに俺なら、1日で100万くらいは稼げる訳だし」

「「!!?」」


 流石に"毎日"100万は無理だが、クエストの内容次第では短期間にそれなりに纏まった額が稼げる。もちろん、そこには多くの技術が必要になり、なにより命の危険が伴うのだが。


「分かりました。それでは私と"結婚"してください」

「嫌です」

「性格や性癖には目を瞑ります」

「俺は瞑れません」

「浮気も自由にしてもらって構いません。お金だけいただければ」

「本当に、何もメリットが無いな」


 笑い声がこだまする。変化球が全く通じないことが分かり、ビッチは猫かぶりを止めて、常にストレートでモノを言うようになった。


 もちろん、半分冗談なのは理解しているが…………こういったやり取りが、塞ぎ込みたくなる気持ちを上向かせるのに貢献していると思うと、ビッチの存在は案外バカにできないのかもしれない。


 改めて、余暇や気分転換の大切さを悟りつつも、各自治療に移り…………これでようやく、新事業が本格的に動き始める。





「お願いします! お金を、お金を貸してください!!」


 俺の前で土下座をしているのは、美穂でも無ければビッチでもない。名前は何と言ったか……。光彦信者と言うか、狂信者筆頭みたいな女だ。


「いや、俺も最近、手持ちの金は投資してしまったから、纏まった額は……」

「貴方が! 光彦"様"をよく思っていないのは分かっています。ですが、今、光彦様は非常に危険な状態なんです!!」


 俺はこの狂信者に、ギルド経由で呼び出され、今、金を貸してくれと懇願されている。


 どうやら光彦は、腕と足で上位回復薬が2つ必要であり…………そのうちの1つを入手する目処が立ったそうだ。しかし、当然ながらそれには"金"が必要になる。


 現在、光彦信者で"稼ぎ頭"と呼べるような者は、殆どがゲートキーパー戦で戦死している。それでもなんとかカンパを集め、(鼠使いの時は10万しか集まらなかったのに)一千万は用意できたそうだが、残りの一千万を入手する目処がたたないようだ。


「一応、命に別状は無いんだろ? それなら、焦る事は……」

「それがダメなんです! あのブタ、自分無しでは光彦様が生きられない事を利用して、裸で触れ合うだけに飽き足らず…………関係を迫り、果ては公衆の面前で秘かに辱めを!!?」


 なんだそのNTRみたいな状況は。むしろ、一部の女性が喜びそうな状況だが…………相手がデブでは評価は割れそうだ。


「しかし、デブも光彦の生命を脅かしたい訳では無いんだろ? もう少し強気で言ってやるとか、持ち回りて一緒に居てやるとか、出来ないのか??」


 正直、ザマーな気持ちが先行してしまうが、それでもデブと終わり無き無垢なる円舞エンドレス ネイキッド ワルツを踊るくらいなら死んだ方がマシ。危機的状況とは言え、それでも踏みとどまっている光彦には、尊敬と憐れみの念を抱いてしまう。


「それが、ダメなんです。あのブタは…………2人きりの時は、ギフトの力を使って女性の姿になっているらしく、むしろ女性に対して怯えるようになってしまいました」


 夜中、まどろみの中で目を覚ますと、そこにデブの姿は無く、代わりに居たのは見知ったクラスの女子だった。それもその姿は、生まれたままの姿。すぐにこれは夢だ、溜まった性欲が見せている淫夢だと悟り、罪悪感を抱きながらも、欲望に抗いきれずに手を伸ばす。


 体を、熱を、体液を、交換する。しかし、行為の最中、漏れる吐息に違和感を覚える。その、妙に野太い声に……。


「うっ!!」

「え? 大丈夫ですか??」

「いや、何でもない」

「??」


 思わず嫌なものを想像してしまった。本当にそんな事があったのかは分からないが、『抱いた女が実は不細工な男でした』とか、一生モノのトラウマだ。


 とりあえず、昨夜のイリーナやルビーの姿を思い出し、気持ちを落ち着かせる。


「……ふっ~~。よし! それなら、男同士、それも温泉とか、裸の付き合いをさせればいいんじゃないか?」

「それは…………どうなんでしょう?」

「ほら、デブが変身できると言っても、分身は出来ないわけだし、何よりデブの変身では骨格までは変化できない。冷静になって体を見比べれば、それがデブの変身だと、すぐに気づけるはずだ!」

「なるほど、一理ありますね」


 俺的にはどちらも地獄だが、実際の事なんて知った事じゃない。この場には、狂信者が納得してくれる"答え"があればいい。


「一応、俺も明日から狩りを再開するから、それなりに纏まった収入は入る」

「それでは!!」

「一応、協力はするが…………それとは別に、借金を頼むなら、担保と言うか、相手が金を貸す"メリット"を提示するべきだと思うぞ」

「それは…………分かりました。コチラも金策やツテを頼って色々用意しています。その中から、何か貴方が気に入るものを、探してみます」

「あぁ、期待しないで、待っているよ」




 こうして俺は、とりあえず一千万を用意する事にした。払うかどうかは条件次第だが…………とりあえず事情を知っていそうな人に声をかけてみる事にする。

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