#090 エスタ・ユノ・セレス
「……汗と一緒に塩分を放出してしまうからな」
「なるほど、そう言うものですか」
ここ数日、俺は長女と機材の調節をしながら、ゴート肉料理の研究をしていた。
本来、ゴートの肉はスジが多く、癖も強い事から『人を選ぶ肉』とされている。しかし、味自体は悪くなく、酒飲みなどに根強い人気がある。これをトレントの実や各種香草と合わせると、一気に食べやすい味へと変わる。
まぁそれでも、主張が強いのは変わらないので繊細な料理には向かないが、香草の配合や調理方法にアレンジの余地があり、酒飲みが多い冒険者や労働者にはウケると思われる。
「お姉ちゃん、楽しそうだね」
「え? それは、まぁ……」
長女は食堂で働いていたこともあり、料理に興味があるようだ。足を失っているので不便はあるが、それでも調理室の作業は、車椅子でもやってやれない事は無い。
「まぁ確かに、スジとりとか面倒なところはあるけど、面白い食材なのは確かよね」
下ごしらえを進めながら、話に絡んでくるのは次女。コチラは特別料理に思い入れは無ないそうだが、姉が家を出た後、家事を手伝っていたこともあり、基礎はこなせるようだ。
「わるいな。下ごしらえを任せてしまって」
「いや、私も頭を使うのは苦手なので、気にしないでください」
生産を予定しているものは現在3つで……。
①、ハンバーグの種。(キャンプ地の)食品屋台向けに販売する予定の"肉の玉"で、要望に合わせて味付けや大きさを変更する。日持ちはしないが、すぐに作れて毎日安定した稼ぎになる。
②、ハム・ソーセージ。本来は手間のかかる料理だが、必要な機材は揃えたので、纏めて大量に作れる。多少日持ちするので、ダンジョン外の業者に卸す。
③、なんちゃってチャーシュー。保存も兼ねて濃い味の漬けダレと合わせて販売する。他は②と同じ。
手間やトラブルを回避するため、個人への販売は控え、提携した業者や販売店に限って箱単位で販売する。機材は揃っているが、生産量は控え目にして、無理はせず、まずはブランド力を高めていく所から始める。
「塩が届きましたけど…………ど、どこに置きましょう」
大きな塩袋を抱えてやってきたのは三女。用品店もそうだが、2人は頭や技術を必要とする作業を嫌い、単純な肉体労働を好む。
「あぁ、重いだろ。それは俺が……」
「ひえっ!?」
「あぁ、セレスの事は気にしないで、どっしり構えていてください」
「そうそう、そもそもキョーヤさんだって、まだ本調子じゃないんでしょ?」
「え? あ、あぁ……」
三女を手伝おうとしたところ、長女と次女に追い払われてしまった。
親を失い、繊細になっているのは分かるが…………どうにも俺は三女に嫌われているようだ。"最年少"なのもあって、俺としても気遣ってやりたいと思っているのだが。
「「…………」」
あと、気のせいだとは思うのだが、時折、犯罪者でも見る様な目を向けられる時がある。もし改善できる問題なら改善したいのだが…………それでもし理由が『顔が生理的に無理』とかだったら、ショック過ぎるので、深く追求できずにいる。
*
「……じゃあ、"指導内容"はこんな感じで」
「あとは様子を見ながら調整するしかないですね」
調理組は長女に任せ、俺は先生と"指導計画"を擦り合わせていた。
正直なところ、あまり時間や手間はかけたくは無いが…………それでも9人の、知識や技能のバラつきの問題は深刻であり、最低限の指導は必要であると判断した。
「しかし、異世界人の私たちが教養を教えるなんて、なんだか変な話よね」
「義務教育の大切さを痛感しますね」
「うんうん」
識字率はそれなりに高いものの、やはり"義務"教育の制度が無いと、親の意向が強く反映され、それ以外は出来ない子供が育ってしまう。まぁ、家業を継ぐのが"当たり前"の風潮なので特に問題は無いのだろうが…………その"家"が無くなっては、問題が出ない訳もなく。
「問題は、大人しく受講してくれるかですね」
「難しい内容ではない…………と、思うんだけどね」
講師は、基本は先生がつとめ、内容によっては俺やベールさんが受け持つ。講義は、定期的に開くのではなく、不定期で、それぞれの『課題をクリアできたら終了』する形でいく。
授業内容は……。
①、道徳。ビッチやルビーのように、閉鎖的な世界で育った世間知らずに、最低限の一般教養を教える。
②、算術。九九を暗記するところまでの算数を教える。多分、ルビー辺りは逃げ出すだろうが、それでも掛け算は出来た方が何かと便利だ。
③、保健。妊娠の仕組みや避妊方法、更には男女別の心や体の仕組みについて教える。一応、実戦を交えて最低限は教えてあるが、やはりルビーにはその辺を確り覚えてもらいたい。
④、戦闘訓練。冒険者志望限定で、剣の扱いやサバイバルの知識を学んでもらう。ルビーのようにセンスに頼って満足するのではなく、"基礎"を叩き込み、ついでに精神面も鍛える。
あれ? もしかしてルビーって、ダメダメなんじゃ?? まぁ、可愛いからイイか。
「まぁ、あくまで"最低限"って事で、"ゆるめ"で行きましょう」
「そうだね。それで…………正直なところ解放計画って、黒字化できそうなの?」
話は変わり、計画の収支についての話題となる。
「今回の9人は、そもそも奴隷購入費用が発生していないので、普通に住み込みバイトを雇っている感覚ですよね」
「まぁね。でも、治療費の問題はあるでしょ?」
9人の中で言えば、該当箇所の多いビッチが最高額の100万で、続いて片足を失っている長女が義足にいくらかけるか次第となっている。他は20~40万で、精神的な症状だけの者は金銭的な負担はほぼ無い。
「まぁそうですけど、奴隷の購入費用と解放費用に比べれば、安いものです」
「それで100万、ポンと払える恭弥君が素敵すぎて…………その、わわわ、私を…………なんでも無いです」
「?? まぁ、依頼していた分がやっと届くそうなので、とりあえず"1回目"が終われば、事業も本格稼働に移れますね」
現在、中位以上の回復薬は入手困難になっている。俺も世話になったが、ゲートキーパー戦でユグドラシルに貯蓄してある分は全て使い果たし、それでも足りずに順番待ち状態だ。
それでも何とか5つ(合計100万)ほど確保して、予定では明日届く事になっている。
こうして奴隷解放計画は、一部不安はあるものの、何とか順調に進んでいた。
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