#086 回復薬

「なぁ博士、ここなんだけど」


 今日は療養中の暇つぶしって訳でも無いが、改めてウチで回復薬について調べてみる事にした。


「それは軟膏。つまりこれで仙緑膏せんりょくこうと読む」

「なるほど、この前貰ったヤツって、これだよな」

「そう」


 回復薬と言えば、飲んでも塗っても使える、錬金術を用いて作ったポーションタイプのものが一般的だが、錬金術を用いないものや、塗り薬として特化したもの、あるいは別の素材を用いて作る代替品など、調べてみれば色々出てくる。



 更に回復薬は3段階のランク分けが存在する。

下位回復薬:軽傷や疲労回復効果がある。価格は2千程度で買えるので常備可能。


中位回復薬:骨折や部分的な細胞の死滅(火傷など)まで治療可能。20万と高価で、使用期限もある事から常備には向かず、普通は下位で応急処置をして、拠点に戻ってから改めて使用する。


上位回復薬:複雑な骨折や、部位単位で死滅した細胞まで治療可能。そもそも入手困難な代物で、基本的にオークションを通して購入する形になる。価格は2千万以上と非常に高価であり、何より入手する為に時間とコネが必要になる。


 一応、上位回復薬を使えば、光彦の体や、デブの"御子息"も治療できる。3バカは裁判で性器を切り落とした訳だが、実は裏取引で切断した性器を回収しており、現在は勇者寮に保管されている。


 もちろん、この世界で活動する間は御子息の治療は許されないが、帰還する際はその限りではない。また、例の2人に関しては、御子息を遺品として遺族に返還する事になっている。



「もっとこ~、特定の症状に特化した回復薬って、作れないものかなぁ?」

「素人が"薬の調合"に手を出すのはお勧めしない」

「それは分かっているんだけど、こっちの世界の薬は種類が少なすぎるんだよ」


 回復魔法もそうだが、ランクで種類が分かれているだけで、基本的に『神経に"だけ"効く』とか『血圧を下げる』みたいなピンポイントな魔法は殆ど存在しない。これは、回復の原理が遺伝子情報や概念を基にしているから、らしい。


「一応、"毛生え薬"なんかはあるらしい」

「ちょっと、どの本か教えて貰ってもいいですか? 念のため、念のためにね」


 調べてみれば毛生え薬は、若返りの研究の一環で生まれた薬で、どうも回復ではなく"活性"、つまりバフ魔法の分野のようだ。


「そうか、"精力増強剤"もコッチのジャンルになるわけか……」

「…………」

「コスパや使い勝手に難があっても、ユグドラシルで入手できる素材で作れるものなら実質タダだし、アプローチを変えてみるのも手だな…………って、なんで俺、叩かれてるの?」


 なぜかペシペシ叩いてくる博士。


「そんなに作って、何に……」

「何にって、そんなの傷の治療…………いや、リリーサ様が連れてくる人たちに使えるかもしれないだろ?」

「??」


 ポカン顔の博士。俺、なにか変な事言ったか?


「まぁ、"肉"の事もそうだけど、コチラとしても人件費の安い人材が増えるのはありがたいからな」


 俺にとっての奴隷解放計画は、"非営利"の慈善事業では無い。そもそも、元より俺は奴隷を買って(冒険者家業だけでなく)副業にも注力するつもりであった。


 今は薄利多売子に試し屋の仕事を手伝って貰っているが、出来れば博士&シルキーさんの研究班も補強したいし、先生をリーダーにして低ランクの素材を集める2軍チームを作るのもイイ。そして食材を取り扱う班も現在計画中なので…………購入費用がリリーサ様持ちの奴隷は、願ったりな状態だ。


「助手はもっと……」

「ん?」

「なんでもない」


 最近、何となく不機嫌な博士。博士は縁の下で可成り尽力してくれているので、やはり何か"お返し"をするべきなんだろう。しかし、博士が『研究に専念できる環境』以外に欲しがるものが思い浮かばない。


「博士。何か、欲しいものはあるか? 別に、お金とかでもいいけど」

「…………ない」


 それだけ言って博士は研究モードに入ってしまい、それ以上の話は出来なかった。





「……により、どうやら勇者・コウの精神に変化が生じているようです」

「なるほどね~。まぁ、男の"象徴"を失った者には、よくある事だけど」


 その部屋には、メイドの報告を取りまとめるニーラレイバの姿があった。


「対して、勇者・ミツヒコは、日に日にヤツレてきており、このままでは……」

「うん、流石のミツヒコ君の友情パワーも、"劣情"が相手だと厳しかったみたいだね。そもそもギリギリのところで踏みとどまっている状態だし、それだけ余裕が無いって事なのかな?」


 交は現在、光彦の右半身を覆う形で共に行動している。当然ながら、そこに衣服を挟むわけにもいかず、行動だけでなく、常に肌を密着して生活している。それは、好意を抱く異性が相手でも抵抗のある状況であり、"同性の友達"には耐えられるはずの無い状況であった。


「その状態に危機感を覚えた者たち、特に勇者・"イノリ"を中心としたグループが、勇者・ミツヒコを復活させるべく、金策を計画しているようです」


 この世界の義手・義足の技術は魔法もあって発展している。しかし、それでも肩から切り裂かれ、右肺まで完全に機能停止している状態となると、一般的な方法では治しようがない。


 しかし、光彦の右腕と右足は回収されており、これと合わせて上位回復薬を使用すれば回復の見込みは残されている。


「1億の借金もあるし、ボクとしても復帰してほしいんだよね」


 ゲートキーパー戦は、大きな損害を出す苦い勝利であったが…………幸いな事に、死んだのは替えのきく冒険者であり、魔法使いギルドから死者は出ていない。つまり、対外的には"大成功"と発表されているのだ。


「それでは……」

「一応、上位回復薬を手配しておいて。ミツヒコ君には大人しくなって欲しい気持ちもあるけど…………第七階層にもボスは要るんだし、何より、"希望"が無いと頑張れないからね」


 ニーラレイバには、恭弥を"新たな英雄"として前面に押し出す考えは無かった。その理由は単純に『使えるから』であり、捨て駒として最前線に投入するのは惜しい存在だ。対して光彦は『気軽に使いつぶせる道化師』程度の認識であり、借金地獄に陥れ、最前線(合同作戦は除く)に投入するには都合が良かった。




 こうして光彦は、舞台から降りる事も許されず、同性愛に目覚めたデブとの共同生活が、今しばらく強制される事となった。

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