#084 Yマンティコア③
「まだだ! まだ終わりじゃない!!」
とっさに光彦に駆け寄るのは交だった。光彦は踏みつけられる瞬間、ギリギリのところで蔓を切り、回避した。それでも避けきれずに、右肩から脇へ、そして再度右足を鉤爪に切り裂かれた。
「こ、こぉ……」
「喋るな! 今度は俺が
交は着ていた服を破り捨て、光彦を"体内"に取り込む。それはあくまで、体の形を変えて包み込んだだけだが、それでも止血をしながら走って離脱する事は可能だ。
交は、追撃の踏みつけを躱し、脇目もふらずに城壁へと駆ける。
「みんな! コウを援護するぞ!!」
「俺だって、ミツヒコには命を救われた恩があるんだ!」
降り注ぐ毒針を、幾人もの冒険者が盾となり、光彦が埋まる交を庇う。
「くそ! お前ら、持ち場を離れるな! マンティコアに陣を破壊されれば、本当に終わりなんだぞ!!」
「うるせえ、クソ野郎!!」
声をあげていた指揮官を、血がのぼった冒険者が殴り倒す。
*
「退避! マンティコアが突っ込んでくるぞ!!」
マークが外れたYマンティコアが、交を追いながら城壁に突撃してくる。
「ロゼさん! 掴まってください!!」
「任せた!!」
俺はロゼさんを抱きかかえ、全力でその場を離れる。
次の瞬間、轟音と共に足場は揺れ、城壁が元の連結櫓の姿に戻っていく。
「ご主人様、大丈夫ですか?」
「あぁ、何とかな」
「フフフ、お姫様抱っことは、ゼロもなかなか分かっているじゃないか」
「「…………」」
意外に元気なロゼさんをおろし、俺たちは3分の1が崩壊した櫓を眺める。
「ボス、あれ……」
「まぁ、そうだよな」
ルビーが指さす先には、閉ざされたゲートを必死に斬り付ける冒険者の姿があった。
最前線で戦っていた連中は"光彦信者"であり、身を挺してバカを庇ったが…………それ以外のカジュアル冒険者は、敗北を悟り、我先にと逃げ出したようだ。
しかし、危機的状況でも、誰しもが無様を晒す訳ではない。
「どうやら、俺たちの出番のようだな!」
「相手にとって不足無し!」
「姐さん、お先に、行かせてもらいます!」
櫓を破壊したYマンティコアに、ライラさんの舎弟たちが立ちはだかる。
「おっちゃんたち……」
「ルビー!」
「お、おう?」
「応援してやれ」
「おう!!」
ここまで来たら腹をくくるしかない。俺は散乱する物資を物色し、回復薬とタワーシールドを拝借する。
「ロゼさん、俺も行きます。大技を撃つチャンスは必ず作るので…………その時は
「ゼロブレイカー。我々魔法使い一同の命運、キミに託すよ」
「イリーナ! ルビー!」
「はい!」「おう!」
「ここは任せた」
「ご武運を」
「ボス、帰ったら子作りしよう!」
「それ、今言う事か?」
「えっと、そういう
「え? そうなのか??」
そんな験担ぎは聞いた事が無いが、確かに男を動かすのに性欲を用いるのは有効な手段だ。俺としては、全然……。
「ゼロ! 時間が無いです!!」
「そうです。それに、そう言うのはお姉さんに頼るものですよ!」
「え? はい??」
魔法使いのお姉さんたちが俺にバフをかけつつ、激励してくれる。何だか凄い事になっている気もするが、生憎今は考えている余裕が無い。
「それじゃあ、任せたよ」
「はい!」
*
タワーシールドを傘にして、Yマンティコアへと駆けだす。
途中、毒針や人が降っていたが、今は考えずに肉薄し、そのまま股を潜り抜け、背後をとる。
「尻が、ガラ空きだ!!」
新開発した"爆弾クナイ"を、Yマンティコアのデカい尻に突き刺し、僅かな間をおいて起爆させる。
爆弾クナイは名前通りの代物で、内部に圧縮した魔法燃料を詰め込んだ小型爆弾だ。これを1本作るのに30万もかかるが、命の価値を考えれば、安すぎて涙が出る。
「遠慮するなよ! カンチョーは、まだまだあるんだ!!」
途中まで振り返る素振りを見せたYマンティコアだが、最後まで振り返る事無く、脇を晒して俺を牽制する。
毒針の集中砲火を足元に潜り込んで回避し、今度は踏みつけを回避しながら背後へと回り込む。
「ほら、2本目だ!!」
再度、爆発クナイを臀部に挿入してやる。Yマンティコアに排泄習慣があるとは思えないが、それでも体内での爆発は防御を無視してフルダメージが入るはずだ。
「ほら、3本目だ! まだ欲しいのか? この欲しがりさんめ!!」
執拗に尻を爆破され、次第にロゼさんへの警戒を失っていくYマンティコア。
「なるほど。そう言うのもあるのか」
Yマンティコアが、大きく上体を起こし二足歩行の体勢をとる。股の下からは尻尾を通して、扇状に毒針を射出する。更に、掲げた前足両方に魔力を籠める。
俺は体術のみで毒針を避け、衝撃波に備えて風魔法で体を浮かせる。アクションゲームと違って『ジャンプしていればダメージは受けない』なんてご都合は無いだろうが、それでも多少は軽減できるはずだ。
次の瞬間、"3つ"の衝撃に包まれ、俺の視界は暗転する。
薄れゆく世界の中で…………俺は大勢の異世界美少女に囲まれる夢を見た。
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