#084 Yマンティコア③

「まだだ! まだ終わりじゃない!!」


 とっさに光彦に駆け寄るのは交だった。光彦は踏みつけられる瞬間、ギリギリのところで蔓を切り、回避した。それでも避けきれずに、右肩から脇へ、そして再度右足を鉤爪に切り裂かれた。


「こ、こぉ……」

「喋るな! 今度は俺が光彦おまえを助ける番だ!!」


 交は着ていた服を破り捨て、光彦を"体内"に取り込む。それはあくまで、体の形を変えて包み込んだだけだが、それでも止血をしながら走って離脱する事は可能だ。


 交は、追撃の踏みつけを躱し、脇目もふらずに城壁へと駆ける。


「みんな! コウを援護するぞ!!」

「俺だって、ミツヒコには命を救われた恩があるんだ!」


 降り注ぐ毒針を、幾人もの冒険者が盾となり、光彦が埋まる交を庇う。


「くそ! お前ら、持ち場を離れるな! マンティコアに陣を破壊されれば、本当に終わりなんだぞ!!」

「うるせえ、クソ野郎!!」


 声をあげていた指揮官を、血がのぼった冒険者が殴り倒す。





「退避! マンティコアが突っ込んでくるぞ!!」


 マークが外れたYマンティコアが、交を追いながら城壁に突撃してくる。


「ロゼさん! 掴まってください!!」

「任せた!!」


 俺はロゼさんを抱きかかえ、全力でその場を離れる。


 次の瞬間、轟音と共に足場は揺れ、城壁が元の連結櫓の姿に戻っていく。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「あぁ、何とかな」

「フフフ、お姫様抱っことは、ゼロもなかなか分かっているじゃないか」

「「…………」」


 意外に元気なロゼさんをおろし、俺たちは3分の1が崩壊した櫓を眺める。


「ボス、あれ……」

「まぁ、そうだよな」


 ルビーが指さす先には、閉ざされたゲートを必死に斬り付ける冒険者の姿があった。


 最前線で戦っていた連中は"光彦信者"であり、身を挺してバカを庇ったが…………それ以外のカジュアル冒険者は、敗北を悟り、我先にと逃げ出したようだ。


 しかし、危機的状況でも、誰しもが無様を晒す訳ではない。


「どうやら、俺たちの出番のようだな!」

「相手にとって不足無し!」

「姐さん、お先に、行かせてもらいます!」


 櫓を破壊したYマンティコアに、ライラさんの舎弟たちが立ちはだかる。


「おっちゃんたち……」

「ルビー!」

「お、おう?」

「応援してやれ」

「おう!!」


 ここまで来たら腹をくくるしかない。俺は散乱する物資を物色し、回復薬とタワーシールドを拝借する。


「ロゼさん、俺も行きます。大技を撃つチャンスは必ず作るので…………その時はみかたごと、お願いします」

「ゼロブレイカー。我々魔法使い一同の命運、キミに託すよ」

「イリーナ! ルビー!」

「はい!」「おう!」

「ここは任せた」

「ご武運を」

「ボス、帰ったら子作りしよう!」

「それ、今言う事か?」

「えっと、そういう験担げんかつぎです! 私もご奉仕するので、必ず生きて帰ってください!!」

「え? そうなのか??」


 そんな験担ぎは聞いた事が無いが、確かに男を動かすのに性欲を用いるのは有効な手段だ。俺としては、全然……。


「ゼロ! 時間が無いです!!」

「そうです。それに、そう言うのはお姉さんに頼るものですよ!」

「え? はい??」


 魔法使いのお姉さんたちが俺にバフをかけつつ、激励してくれる。何だか凄い事になっている気もするが、生憎今は考えている余裕が無い。


「それじゃあ、任せたよ」

「はい!」





 タワーシールドを傘にして、Yマンティコアへと駆けだす。


 途中、毒針や人が降っていたが、今は考えずに肉薄し、そのまま股を潜り抜け、背後をとる。


「尻が、ガラ空きだ!!」


 新開発した"爆弾クナイ"を、Yマンティコアのデカい尻に突き刺し、僅かな間をおいて起爆させる。


 爆弾クナイは名前通りの代物で、内部に圧縮した魔法燃料を詰め込んだ小型爆弾だ。これを1本作るのに30万もかかるが、命の価値を考えれば、安すぎて涙が出る。


「遠慮するなよ! カンチョーは、まだまだあるんだ!!」


 途中まで振り返る素振りを見せたYマンティコアだが、最後まで振り返る事無く、脇を晒して俺を牽制する。


 毒針の集中砲火を足元に潜り込んで回避し、今度は踏みつけを回避しながら背後へと回り込む。


「ほら、2本目だ!!」


 再度、爆発クナイを臀部に挿入してやる。Yマンティコアに排泄習慣があるとは思えないが、それでも体内での爆発は防御を無視してフルダメージが入るはずだ。


「ほら、3本目だ! まだ欲しいのか? この欲しがりさんめ!!」


 執拗に尻を爆破され、次第にロゼさんへの警戒を失っていくYマンティコア。


「なるほど。そう言うのもあるのか」


 Yマンティコアが、大きく上体を起こし二足歩行の体勢をとる。股の下からは尻尾を通して、扇状に毒針を射出する。更に、掲げた前足両方に魔力を籠める。


 俺は体術のみで毒針を避け、衝撃波に備えて風魔法で体を浮かせる。アクションゲームと違って『ジャンプしていればダメージは受けない』なんてご都合は無いだろうが、それでも多少は軽減できるはずだ。


 次の瞬間、"3つ"の衝撃に包まれ、俺の視界は暗転する。




 薄れゆく世界の中で…………俺は大勢の異世界美少女に囲まれる夢を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る