#083 Yマンティコア②

 不完全な情報を頼りにYマンティコアの攻略は続く。


「クソッ! こんな事なら、槍を持ってくればよかった」

「お前、槍なんて使えるのか!?」

「しらん! 使った事、無いからな!!」


 足元への素早い攻撃手段を持たないYマンティコアに対して、軽装の冒険者たちが張り付き、隙を見て突きを放つ。それに対してYマンティコアは、掲げた前足に魔力を籠める。


「<衝撃波>が来るぞ! 総員、退避!!」

「ちょ、今更!?」

「言ってる場合か!?」


 次の瞬間、Yマンティコアの前足が強く地面をたたく。


 爆音と共に大地に波紋が広がり、張り付いていた冒険者たちが吹き飛ばされる。


「「…………」」

「誰か! 飛ばされた連中を回収してくれ!」

「スタンはすぐに回復する! 今はマンティコアと陣を守るのを優先しろ!!」


 強烈な衝撃波を受け、吹き飛ばされた冒険者たちの意識が失われる。即死は無いはずだが、このまま放置して眷属に襲われれば死は免れないだろう。


 しかし、それでもボスのマークを外す訳にはいかない。この作戦は、城壁からの魔法攻撃力が胆であり、それには"程よい距離"を保つ事が重要となる。


「不味い! 毒針が来るぞ!!」

「「う、うぅ……」」


 Yマンティコアの尻尾が、倒れた冒険者たちに向けられる。なんとか意識を取り戻した彼らだが、それでも回避行動が間に合う事は無いだろう。


 毒針の雨が降り注ぐ。


「はは、こんなところで、死んじまうのか……」

「諦めるな!!」

「「!!?」」


 突然巻き起こる竜巻に毒針が絡めとられる。勢いを失い、ボトボトと落ちる毒針を背に、彼は倒れた冒険者に手を差し伸べる。


「立ち上がれそうか?」

「み、ミツヒコ……」


 驚くべき速さで助けに入ったのは光彦であった。何故か『今まで何処にいたのか?』とか『なんで毒針よりも早く動けるのか?』などの当然の疑問を持つ者は、この場にはいない。


「アレは<旋風剣>。おまえ、いつの間に……」

「皆が特訓している時、実は俺も頑張っていたんだ」


 <疾風剣>は竜巻を起こして、範囲内の指向性を狂わせながら、ランダムで斬撃属性の追加ダメージを発生させる上位スキル。<限界突破>の代償で戦えなかった間、光彦は特訓に費やし、新たなスキルを会得していたのだ。


 本来、年単位の特訓を必要とする上位スキルを数日で会得してしまう光彦。その姿に、人々は賞賛と羨望の眼差しを送る。


 しかし、そんな華々しい活躍の瞬間を、冷めた思いで見守る姿も、少なからず存在していた。





「不味いですね。登場が、早すぎます」

魔法班こちらとしては、早く砲撃できる体制を整えて欲しいのだけどね」


 城壁の上に待機する魔法使いは、程よい距離で『Yマンティコアが背中を見せている時』しか攻撃に移れない。もちろん、僅かな隙でも速射魔法なら放てるが、それではダメージは期待できず、悪戯にヘイトを城壁に集める危険がある。


 故にこうして後衛部隊は、息をひそめて待機しているのだが…………強敵を相手に、前衛部隊はソノ隙を作る余裕が無いようだ。


「ボス、あの<旋風剣>スキル、魔力消費、大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない。<飛翔斬>もそうだが、背伸びして上位スキルを覚えても、魔力消費の問題はどうにもならない」

「ご主人様、それよりも、前衛部隊の人が増えすぎて(魔法)砲撃の隙が……」


 光彦の<統率者>の効果で、前衛部隊の動きが1段階向上して、絶え間ない攻めが出来ている。しかし、その隙の無さのせいで、余計に砲撃チャンスが作れない。


 俺としては、味方(不本意)諸共吹き飛ばして欲しい所なのだが、バカみたいに多いゲートキーパーの体力を削り切るまで、前衛部隊には持ちこたえてもらう必要がある。


「何をしている! マンティコアに背を向けさせたら、背後をとるのは止めろ!!」

「しかし! それでは<衝撃波>を受けてしまいます! 焦る必要はありません! 着実に削って行きましょう!!」


 <衝撃波>は放射線状に広がる範囲攻撃であるが、他の足の陰は安地であり、前衛は絶えず足の陰に回りこむように回避を続けている。結果的に、充分な詠唱時間が確保できずにいた。


「仕方ない。一か八か…………!! フフフ、ダメな様だね」


 ロゼさんが顔を出した途端、即座に尻尾がコチラに向けられる。それだけ爆炎カンチョーが有効だったって事なんだろうが、尚の事、前衛が動き回っている現状は都合が悪い。


 かと言って、このまま前衛部隊が"削り勝ち"できる見込みは低い。


「勇者ミツヒコ! 貴様の勝手な判断など聞いていない! 指示に従え!!」

「しかしそれでは!!」

「えぇい! 誰か、そいつを捉えろ! 命令に従えぬ者は必要ない!!」

「「…………」」


 この世界はリアルであり、死んだ者は生き返らない。故に"安全第一"で戦うのは当然であり、他の冒険者も命令違反である事を認識しながらも、死なずに済む光彦の言葉に賛同してしまう。


 これが統率のとれた軍隊であったら少しは状況も違ったのかもしれないが、やはり冒険者は"有償"で戦う雇われ戦力であり、中途半端に知恵を得た冒険者たちに『命を捧げる』様な戦い方はとれない。


「大丈夫だ! 皆が一丸となって戦えば…………勝てる! 誰も死なずに、帰れるんだ!!」

「よっしゃぁ! 漢を見せてやるぜ!!」

「こんなところで死んでたまるか! 俺はこの戦いが終わったら、結婚するんだ!!」

「いや、彼女の事は俺に任せろ!」


 すでに3人ほど仲間を失っている勇者の声が、何故か皆の心を強く打つ。


「仕方ない、作戦変更だ! 速射魔法で前衛部隊を援護する!!」

「「はい!」」


 半端なダメージでは、Yマンティコアの防御は越えられない。しかしそれでも、後衛は前衛ありきでしか動けない。





 浅い攻撃で削りながら、何度目かの<眷属召喚>を乗り越える。前衛部隊は疲労困憊であり、光彦もすでに奥の手の<限界突破>を発動させている。


「ご主人様……。やはり、あまり削れていないように、思えるのですが」

「あぁ。やはり斬撃耐性を持つ相手に、<飛翔斬>は効果が薄いようだ」


 Yマンティコアの斬撃耐性は、戦闘を観察していて判明した事実であり、資料では『固い体毛に覆われている』としか無かった。それを相手にする光彦の攻撃は"剣"、それも斬撃主体であり、相性は最悪だ。


「フフフ、それでも可成り削ったはず…………なんだけどね」

「魔力、持ちそうですか?」

「正直なところ、危険な状態だね」


 威力の低い速射魔法では、ダメージの大半が魔法防御に阻まれて無駄になってしまう。加えて魔力は、体力ほど簡単に回復できないので、どうしても長期戦は"不利"となる。


「おい! マンティコアの様子がおかしいぞ!?」


 次の瞬間、地面から無数の蔓が生え、一面が蔓で覆われる。そして…………。


「しまった!? 出口が!!」

「そんな、嘘だろ……」


 ゲートが塞がれてしまった。


「クソッ! それなら、お前を倒し…………ッ!!?」


 反撃に打って出ようとした光彦の足を"蔓"が絡み取り、その隙を逃すことなく巨大な前足が降り注ぐ。


「おい、嘘だろ?」

「え、そんな……」

「イヤァァァァーーー!!」




 女性の悲鳴が響き渡る空を、光彦の手足が舞い踊る。

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