#080 回復薬生成

「まぁ、こんな所ですね」

「なるほどな。やはり錬金術も、魔法の一種なんだな」

「なにを当たり前な」


 後衛部隊の合同訓練を終え、夜は改めてフェリスに<回復薬生成>を学んでいた。


「いや、そうなんだけどさ。俺の生まれた世界の化学とは、可成り違うから」


 錬金術は、魔法の力で"無"から"有"を生み出すものでは無く、有の組み合わせを変えるという…………地球で言う所の化学が最も近い分野となる。しかし、それでも魔法なので"方法"の部分が違う。


 例えば、塩水から塩と水を分離する際、地球なら熱や風で水分を蒸発させるが、錬金術では魔力で直接水分を気化させる。


「それは聞いていますが、何と言うか…………回りくどい方法だなって思ってしまいます」

「その分、術者が要らないから自動化できるメリットはあるけどな」


 この世界の錬金術は、術者が居れば道具は(容器など)最低限で済んでしまう。しかし逆に言えば、術者は必須であり、大量生産には向かない。


「それこそ、術者が稼げなくて困ります」

「魔法使いが、居ない世界だからね」

「そうですね」


 因みに<回復薬生成>に必要な素材は、薬草・精製水・魔石・専用の容器の4つだけ。実際には口当たりや使用法に合わせてアレンジする余地があるが…………基本は、薬草から回復成分を抽出して、魔力が漏れないよう瓶に封印するだけ。蒸留だの、何かを混ぜて不純物を取り除くなどの工程は、殆ど魔法任せとなる。


「まぁでも、いくら自動化しても、それを扱う技術者の存在や"質"が重要なのは、変わらないけどな」

「道具が道具であるうちは、人の手は必要だって事ですね」

「そうだな。それで…………アレンジって、例えば何があるんだ?」

「そうですね……。例えば、トレントの実を入れると口当たりがよくなりますし、塗り薬として水では無くフロッグの油に成分を移すやり方もありますね」

「回復効果を高めるのは?」

「えっと、一応、トレントの朝露とかを使えば…………しかし、勿体ないので普通は使いません」


 回復アイテムなら、回復効果が高い方が嬉しいし、その分売れるはずだ。素人の浅知恵ではあるが『価格競争ではなく"品質競争"をすれば良かったのでは?』と思ってしまう。


「そうなのか? 回復効果が高ければ、その分売れそうに思えるけど」

「ダメなんですよ」

「??」

「回復薬は品質を守るために、"ランク"に応じて回復効果が厳しく定められているんです。だから、良くても悪くても、規定値に入っていないとギルドに処罰され、最悪、免許を剥奪されてしまうんです」

「あぁ~、なるほど」


 品質にバラツキがあると『100回復するアイテムが、使ってみたら80しか回復しなくて死んでしまった』なんて事が起こり得るのだ。では『多い分には良いんじゃね?』と思うかもしれないが、回復量は実際には数値化出来るものではなく、120に慣れてしまえば人は120が100だと思ってしまう。そうでなくても難癖をつける者は必ずいるので、ギルドは『無印回復薬なら必ず100回復します』と言うのを絶体原則として定めているのだ。


「だから、値段で勝負して見事に自滅したんですよ。はぁ~、どうぞ笑ってやってください」

「いや、俺のはあくまで憶測だからな?」


 棘が抜けて、しおらしくなったフェリス。やり易くなったので文句は無いが、フェリスが言っていたように権力者が悪意を持ってフェリスを潰した可能性も、"無い"とは言い切れない。


「いいんですよ、もう。事実がどうであろうとも、今ソレで納得しているんですから、それでいいじゃないですか」

「まぁ、それもそうだな。とりあえず、コレ、報酬だ」


 そう言って俺は"銭袋"をフェリスに渡す。今まで散々、先人に無料で教えて貰っておいてなんだが、フェリスは俺の奴隷って訳でも無いので授業料は確り払う。


「律義ですね。まぁ、私としても収入があるのは助かりますけど。それじゃ…………あ、そうでした」

「??」

「言いたくなければ答えてもらわなくてもイイのですが…………キョーヤさんって、あの人たちの事を嫌っているんですよね? それなのに、すごく親切だなって」


 あの人たちとは、AとB、そして美穂やクラスメイトも含んでいるのだろう。フェリスが冒険者として活動するのは半日だけで、残りは勇者弁当や試し屋の倉庫整理などを手伝っている。だから、そのあたりの事情を耳にする機会は多いのだろう。


「確かに、俺はアイツラの事を嫌っている。しかし、それでも俺は連中が幸せになってくれる事を望んでいる。矛盾しているように思えるかもしれないが、嫌っているのはあくまで性格的な相性の問題で…………まぁ、何度も問題を起こしているし、迷惑もかけられているんだが、でも、問題があるのは"人間誰しも"だろ?」

「それは、まぁ……」

「俺は、自分が完璧超人の聖人様だなんて思っていない」

「確かに、全然違いますね」

「…………。まぁ、一部例外も居たが、"悪人"でもないヤツを"嫌い"ってだけで妨害したり不幸を望んだりするほど、俺は狭量でもなければ、短絡的でもない」

「アナタには……」

「??」

「感情が無いんですか?」

「いや、思いっきり感情的に生きているつもりだが?」

「それじゃあ、考え方が老けているだけなんですね」

「ほっとけ!」

「ふふふっ」




 そんなこんなで俺は、フェリスから<回復薬生成>を教わった。


 ただ…………ついでに聞こうと思っていた上位の回復薬についての話を、聞き忘れてしまった。

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