#079 スポーツ冒険者

「……りはするな。負傷したらすぐに入れ替わって回復するんだ」

「時間だ! 水だけでなく、塩もとれよ!!」

「ここの振りは……? ……??」


 41Fでは、ゲートキーパー戦に向けて、前衛部隊が特訓に励む姿があった。


「はぁ~~。ユグドラシルの冒険者は、いつから運動選手になったんだい?」

「戦闘の根底が"運動"であることは変わりません。つまり、効率よく動く訓練は戦力の底上げに有効なんですよ!」

「…………」


 特訓に励む冒険者を眺めながら会話するのは、ライラと光彦、そして無言のリリーサであった。


「あんな掠り傷が何だってんだい? 時間で交代? 気に入らないね」

「そういう根性論では、ケガや故障で貴重な人材を無駄にしてしまいます。俺たちの国ではスポーツ科学の研究がすすんでいて……。……!」

「ふぁ~~」


 理屈を並べる光彦の言葉を、アクビで返すライラ。彼女は歴戦の猛者であり、大ベテラン。今更、新参者のガキの高説に傾ける耳は持ち合わせていなかった。


「……するので、ピークを上手く持っていけばって、聞いています?」

「聞いているように見えるのなら、アンタの目は、飾りって事だね」


 すでに引退した身のライラだが、昔馴染みのワダカマリもあり訓練に顔を出したのだが…………そこに待ち受けていたのは『安全・効率・連携』におもきを置くスポーツ感覚の"流行りかぜ"であった。


「これは手厳しいですね。確かに、ライラさんの時代とは目指すものが違うかもしれませんが…………実際、このやり方で俺たちは、ゲートキーパー戦まで辿り着いたんです」

「まるで、"俺たちが協力しあったから、挑戦できるようになった"って言いたげだね」

「事実です」

「「…………」」


 ライラとリリーサが視線を交わし、言葉なく"落胆"の意思を共有する。


 歴戦の戦士や指揮官は知っていた。最前線では"死ぬ事"も仕事なのだ。確かに光彦の語る理論には一理あり、賛同してしまったバカな指揮官も"いた"。しかし、ゲートキーパーや第七階層の難易度は『上手くやれば安全確実に倒せる』次元を超えている。


 そんな強敵を相手に、掠り傷や時間で交代する余裕などあるはずが無い。ゆえに求められるのは、重い一撃を捌く純粋な"個"の力であり、たとえ手足を失おうとも戦い続ける不屈の闘志であった。


「しかし、コヤツが扇動したからこそ"挑戦の機会"なのだ」

「実力さえ、無ければねぇ……」


 リリーサは、光彦を言い負かすのを早々に放棄した。それは、『出来ない』のではなく『都合がいいから』であった。何事も"僅かな"努力と幸運で成し遂げてきた光彦には、敗北の代償や、必要となる労力の"量"が分からない。


 だからこそ、帰還を焦って第七階層解放計画を早めようとした。それまで『リスクに見合わないから誰もが挑戦しなかった』ゲートキーパーに挑戦するため…………ハングリー精神を失い安定した狩りを黙々とこなしていたベテラン冒険者を説得して見せたのだ。


 その功績は確かに"偉業"であり、今更『国の繁栄のため、魔法使いを守る肉壁になって死ね』とは言えなかった。


「成果は、実戦で証明して見せます。だから、見ていてください! 必ずや、俺たちが、俺たちのやり方で、成し遂げて見せます!!」

「「…………」」


 結局2人は、監督を古参兵に任せ、その場を後にした。





「いや~、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

「ニーラレイバ様も、相変わらずって感じだね」

「ふん!」


 酒場のVIPルームに移り、ニーラレイバと会食する2人。


「それで、ミツヒコ君や前衛部隊はどうだった?」

「確かにあのバカさ加減なら、ゲートキーパーに特攻してくれるだろうね。でも……」

「ハハハ、気持ちは分かるよ。ボクも、"本心"を言えば結晶亡霊戦で敗北しておくべきだったと思っている」


 骨付き肉にナイフを深々と突き立てながらニーラレイバが答える。その腕には、彼の飄々とした態度には似つかわしくない"力"が籠っていた。


「あの危機感の無さは、正直怖いね。多少の流血で今更狼狽える事は無いだろうが…………"敵わない"と悟ったら、あとはどうなるか……」

「バカな男どもが何人死のうと興味はありません。しかし兄上、"壊滅"は困ります」


 国・指揮官・冒険者・勇者・個人。それぞれ目指すものは同じだが、犠牲を容認する者に、しない者。結果を焦る者に、焦りのない者。先の事を考えている者と、いない者。その内容には少なくない差異があった。


「ミツヒコ君の実力は確かに凄いんだけど、如何せん"挫折"を知らないから、楽観的と言うか、周囲が彼に合わせるのに必要な労力や"限界"が分からないんだよね~。第六階層で活動する分には、彼ほど適した"駒"もいないんだけど」

「冒険者は、良くも悪くも自由だ。だから本人テメーの"愚"で死ぬのも自由。しかし、それで魔法使いギルドの連中を死なせるのは、国としても不味いんだろ?」

「そこは確り退路を確保してくれる、信頼のおける者をつけたよ。でも、やはり理想は"勝利"なんだよね。って事で、まだ毒され切っていない冒険者で、使えそうな人のリストを作っておいたから…………説得、頼めないかな?」

「片足の隠居を、こき使いすぎじゃないかい?」

「もちろん、報酬は用意しているよ。キミがお店を始めるのに作った借金は、すでに"チャラ"にしておいたから」

「ヒュ~」


 私腹を肥やす事にしか興味を持たない貴族は、確かに存在している。しかし、それが"全て"ではない。貴族には貴族なりの矜持があり、上に立つものとしての学もある。ゆえに私腹を肥やすのは本分を果たした上での話で、彼らは彼らなりのやり方で家や国の為に働いていた。




 こうしてゲートキーパー戦へ向けての準備は、着々と進行していた。

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