#078 ライラ

「…………!?」

「……さん、本当にお元気そうで、安心しました」

「アンタラも、…………じゃないかい」


 精算の為ギルドに戻ると、そこには何やら猫系獣人を中心に人だかりができていた。


「あ! 母ちゃんだ!!」

「え? あぁ~。精算は済ませておくから、とりあえず顔を見せてこい」

「おう!」


 久しぶりに母親に会えて嬉しかったのか、すっ飛んでいくルビー。特に連絡は受けていないが、一応、近況報告や仕送りはさせていたので、ゲートキーパー戦を前に激励に来たってところか?





「いや~、ウチのバカが、世話になってすまないねぇ。使えないようだったら、いつでもその辺に捨てちまっていいんだからね?」

「いや、役に立っているので、そんな事は……」


 やりにくい。


 ルビーの母親"ライラ"さんをウチに案内して、お茶を出したまではいいが…………こういう"肝っ玉母ちゃん"みたいな人を相手にしたことが無いので、正直、何を話していいかサッパリ分からない。こういう時、先生が居てくれると助かるのだが、残念ながら、今は狩りに出かけているようだ。


「ところでアンタ、ウチのバカとはもうヤッたのかい?」

「はい?」

「"孫"が出来たら、すぐに教えなよ!」

「「ぶっ!!」」


 イリーナと揃ってお茶を噴き出すが…………当のルビーは、相変わらずこの手の話は無頓着の様だ。


「ハハハハハ! まぁ、旦那の方は、アタシが黙らせておくから。気が向いたときに、種付けしてやってくれ。コイツも、多分嫌がらないはずだからさ」

「「…………」」

「いや、それは…………それに、冒険者の仕事もありますから」


 あまりの砕けっぷりに、返す言葉を悩んでしまう。俺的にはもっとこう、武人っぽい人をイメージしていたのだが、そうでもないらしい。


 戦闘民族として有名な"アマゾネス"は、戦闘に邪魔だからと言う理由で自分の乳房を切り落す事もあると伝えられている。しかし、基本的には大らかな価値観を持っており、強い者なら誰とでも体を重ね、子供を作る。しかし、子供が出来たからと言って結婚や引退はせず、出産を終えたら子供を里に"託し"、戦えるうちは戦場を求め続けるそうだ。


 ライラさんにアマゾネスの血が流れているのかは知らないが、それに近い価値観を持っているようだ。


「この子は、見ての通り戦士には適さない体つきだ」

「それは……」

「もちろん、反射神経や瞬発力は良い線いってるが…………この体では、大型の魔物の攻撃は、受けられないからね」


 ゲームでもそうだが、回避型前衛の宿命は『事故死しやすい』事だ。動きを重視して防御を最低限に止めているので、まぐれ当たりが"死"に直結してしまう。


「たしかに体は、どうにもならない様ですね」


 父親の種族は"ハーフリング"で、ルビーの体格は父親譲り、性に無頓着なのも長寿種の種族特性が影響しているのだろう。もう、二次成長期も終えているので、ここからライラさんのように"恵まれた体格"に急成長する可能性は無い。


「戦士の道は、このバカが選んだ事だから、アタシは反対しないけどさ。せめて死ぬ前に"女の道"も、教えてやってくれ」

「「…………」」


 完全に、そういう流れになってしまった。別に、俺としても嫌な話では無いが…………流石にこの世界の"早婚"の感覚には、ついていけないものがある。


「……そうですね。すぐにとは言えませんけど、ルビーやお母さんを、悲しませるつもりは、ありません」

「あぁ、アタシも死に損なった身だからね。他にも"理由"はあるし、気長に待たせてもらうよ」

「そ! そう言えば、今回は御一人で来られたんですね!!?」

「ハハ! 最後まで"行く"ってダダこねてたけどね。一応、店をホッポリ出していく訳にもいかないだろ? まぁ、心配するのは分かるけどさ」


 そう言って下腹部をサスるしぐさを見て、イリーナが反応する。


「えっと、もしかして……」

「あぁ、こんな歳になって、2人目を作る事になるとはね……」

「それは、おめでとうございます」


 日本人の感覚では、特別遅い印象は無いが、それでも娘が成人してからの第二子は中々の歳の差だ。獣人の出産がどうとか、そこまで遠くないとはいえココまで出向いて大丈夫なのかとか、疑問は尽きないが…………とりあえず、何て言ったらいいか分からない。


「母ちゃん」

「なんだい、ルビー」

「今度は、戦わないんだよな?」

「そうなるね。せめて…………腕だったら、良かったんだけどねぇ」


 まだ未練はありそうだが、ライラさんは既に片足を失い、義足生活。軽く歩き回るくらいなら問題は無いが、流石に義足では、ボスのところまでたどり着けるかも怪しいところだ。


 ライラさんは、ルビーが成人してしばらくして…………1人でクリスタルファントムに挑んだ。40に差し掛かり、すでに体力の衰えを実感していたのだろう。娘が成人したこともあり、彼女は戦士として"誉れ高い死"を望んだ。


 しかし、ギリギリのところで駆け付けたのは、旦那さんや舎弟たちだった。彼らは、ライラさんの思いを理解してもなお、最後の最後でたまらず助けに入ってしまった。舎弟の人たちが、ライラさんやルビーを気に掛けながらも、距離を置いているのはそのためだ。


「母ちゃん!」

「なんだい、バカ娘」

「いつまでコッチにいるんだ? オレ、久しぶりに母ちゃんと一緒に寝たい!」

「アンタ、もうそんな歳じゃ……」

「いいじゃないですか! ウチは部屋も余っているので、好きなだけ滞在してください。そうだ! 折角だから、昔馴染みの人に、案内を頼んでみてはどうですか? ちょうど今はキャンプ地周辺で特訓中ですし、"指導"を必要としているんじゃ、ないでしょうか?」


 なんだか早口で一気に喋ってしまった。


 一応、旦那さんとは和解して一緒にお店をやっているようだが、出来る事なら舎弟の人たちとも和解してほしいし…………ついでに、最前線で友情ごっこをしているバカたちに"戦士の何たるか"を教えてやってほしい。


「指導って、そんなガラじゃないんだけどね……」

「なに言ってんだ母ちゃん。みんな、喜ぶぞ!!」

「そうですね。私もそう思います!」


 もう、あまり時間は残されていないが…………多分、ゲートキーパー戦では死者が出る。もしかしたら、舎弟の人たちも……。俺が"戦士"を語るのはオコガマしい話だが、出来れば、悔いのない最後であってほしい。




 そんなこんなでゲートキーパー戦直前に、ルビーの母、ライラさんがユグドラシルを訪れた。

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