#077 フェリス②
「……ありえないんです! これだけの施設を個人で所有するなんて、貴族以外不可能です! それともアレですか? 勇者のギフトって、そこまで反則的な能力なんですか!!?」
「いや、俺のはそういうのじゃないから」
夕方。俺は何故か、帰ってきたフェリスに絡まれていた。
因みに、奴隷解放計画で購入した奴隷は(勇者寮に住まわせるわけにもいかないので)とりあえずウチで暮らしてもらう事になっている。一応リリーサ様は、最終的には自分で専用の施設を建てるつもりでいるようだが…………いくら貴族と言っても、リリーサ様が自由にできるお金はそれほど多くないはずだ。
「ご主人様はギフトに頼らず、努力と手腕で、現在の地位や収入を維持しています」
「何が手腕よ! 勇者の立場を利用して、上手く貴族に取り入ってるだけじゃない!!」
「そんな事は!!」
言い合っているのは俺では無く、イリーナ。俺的には、この程度でわざわざ怒る気にもなれない。まぁ、逆に"友情"だのと言い出していたらキレていただろうが…………俺的には、犬子みたいに『嫌いだけど割り切って行きましょう』みたいなスタンスが、やりやすくて好みだったりする。
「まぁ、コネが大事なのは否定しないが、一応言っておくと、この施設は鍛冶師ギルドの管轄で、貴族は関係ない」
「ぐっ」
「それに、一括購入している訳でも無いから」
「ふっ、つまり"借金"ですね。あとで、痛い目を見ますよ」
いや、痛い目を見るのは保証人のシルキーさんなのだが、説明するのも面倒なのでスルーする。
意識高い系奴隷のイリーナが出来過ぎているだけで…………責任を周囲に転嫁し、当たる事で自分の精神を守ろうとするのは、人として当然の"防衛行動"だと思う。
因みに、リリーサ様と先生は、現在、各種ギルドの偉い人と"食事会"に出かけている。何と言うか…………あれでも人前では、確り"貴族令嬢"をしていたりする。
「フェリスさん!!」
「「ひっ」」
「なんでご主人様まで驚くんですか?」
「いや、なんとなく」
「こほん。フェリスさん、アナタには奴隷としての自覚が著しく欠けています。そもそも、貴女が失敗した事と、ご主人様は関係ないじゃないですか」
事の始まりは、フェリスに『回復薬生成』について聞いたのが切っ掛けだ。一応、フェリスは2年間、冒険者をやっていたので最低限の戦闘はこなせる。しかし、後続の事もあるので、戦えない者向けに他の金策も押さえておきたい。
しかしそれは、苦い記憶を思い起こさせるものであり、平常心を欠くには充分な理由だったようだ。
「ふん! だから何よ? 確かに、家畜のようにこき使ってくる飼い主でなかったのは幸運だと思っているわ。でも! だからって心まで売った覚えは無いわね!!」
「それでよく商人がつとまりましたね? 貴女には"感謝"の気持ちが無さすぎます」
「なにが感謝よ? 商売はお金が全て、義理や人情なんて必要ないわ!」
どうやらイリーナが噛みつく理由は、奴隷だけでなく、商人としての思想の違いも起因しているようだ。
協調性皆無の俺的には、割り切った考え方が好みだが…………それとは別に、俺はイリーナの味方なので、"ちょっと"だけ援護してやる。
「いやお前、ソレで破産したんだろ?」
「ぐっ! ですが、それは卑怯な連中にハメられたからで、私は悪くありません!!」
「いや、俺は当事者じゃないから、推測でしか語れないけどさ…………正直、"自業自得"だと思うぞ?」
「どこがですか!?」
フェリスが半年で店を持つまでに成功した方法は、MMORPGではお馴染みの『街の入り口で高く素材を買い取り、作った商品を薄利で売りさばく』と言うもの。確かにこの方法は、安定して稼げるし、何より回転が速いから稼いでいる実感が得やすい。
しかし、それでは商会や家族を抱える商人は価格競争についていけない。多分、フェリスと同じように店舗の維持費を払えず、夢を諦めた者もいたはずだ。
「そもそも、お前の経営理念は独りよがりで非常に浅い。同じ商品なら安い方がいい。そりゃそうだけど、それはあくまで机上の話だ。実際は適正価格ってのが存在していて……」
「別にいいじゃないですか! 安いほうが客は喜びますし、薄利でも、その分多く売れば儲けは充分確保できます!!」
「お前、失敗した理由を"負け組の卑劣な罠"であり、自分に"非"は無いと思っているようだが、そこがそもそも間違ってるんだよ」
フェリスが破産した根本的な理由は『値段と立地』なのだ。店を持ったらその分経費がかさむ。だからその分を商品に上乗せする必要がある。加えて消耗品が売れる場所は、やはり街の玄関口であり、わざわざ離れた場所に買いに行くのは、手間でしかない。
「はぁ!? だから私の店が潰れたのは、街長と結託して……」
「だから、都合のいい妄想はやめろ! 安さ以外に魅力の無いお前の回復薬が"最安"じゃなくなったら、もう価値なんてないんだよ!!」
実際、相場を無視して『価格破壊を続けるフェリス』の行いに苦しむ商人は、組合や街長に歎願したのだろう。そうなれば、同業他社を次々に廃業に追い込むフェリスに注意や制裁が下るのは当然であり、必要な措置なのだ。
「で、でも! 常連の人たちは、私の事を……」
「今まで、何人奴隷送りにしたんだ?」
「へ?」
「お前が価格破壊をしたせいで、店や家族を失う人が何人もいたはずだ。お前は今、散々バカにして蹴落としてきた商人と、同じ所に立っている。つか、申し訳ないと思わないの? 問題の張本人の癖に、こんな好待遇なご主人様に買われて。少しでも申し訳ないと思うなら……」
だから、実際に結託されたからと言って、それで相手を恨むのは筋違い。ルールを守らなかったフェリスに天罰が下った。これは、それだけの話なのだ。
「だって、ヒグ、それは…………だけで、……から」
「ご主人様……」
つい、言い過ぎてしまった。まさかこんな短期間の間に、連続で女性を泣かせてしまうとは。
「イリーナ!」
「え? ちょ、ご主人様??」
とりあえず、イリーナをフェリスに押し付ける。シルキーさんならこれで、大抵の問題は解決するのだが……。
「なんですか! 私は、リリーサ様じゃありませんよ!!」
「俺にデリカシーが無いのも、女性の扱いが致命的に下手なのも、理解している」
「「…………」」
イリーナは、反論してもいいのよ?
「それでも、リリーサ様やアイツラは、本気で恵まれない奴隷を救いたいと思っている!」
「それは……」
「だから、俺からも頼む。もっと、前向きに協力してやってくれ」
「「…………」」
なんだか、すごく"ガラじゃない"事をしている気がする。とりあえず、このモヤモヤは、あとでイリーナとルビーに癒してもらうとして……。
結局この場は有耶無耶になり、解散となった。しかしそれ以降、フェリスが無駄に突っかかってくる事は無くなった。
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