#073 リリーサ③

「それじゃあリサッチ! 張り切って行こうか!!」

「ちょ、栄子ちゃん! 呼び方!!」

「よいよい。むしろ、キョウカも私の事は、気軽に愛称で呼ぶがよい」


 午後、軽い自己紹介の後、私たちはリリーサ様を連れて第二階層に来ていた。


 パーティーメンバーは、前衛、栄子ちゃんと美玲ちゃん。中衛よりの回復役として私。そしてリリーサ様が魔法担当の後衛となる。因みに、ルリエスさんは実力差があるので、保護者役として気配を消して同行してくれているが、基本的に戦闘には参加しない。


「しかし、2人は珍しい装備だな。よく似合っておるぞ」

「リサリサも、気品がにじみ出ているね」

「ふふふ、そうであろうそうであろう」


 リリーサ様が今回ユグドラシルを訪れた"表向き"の理由は『前線で活躍する冒険者に本格的な集団戦闘を指導する』と言うもの。そのあたり、リリーサ様は軍人なので知識はあるそうだが…………今はその下見段階で、後から正式にギルドの人たちと中層を見て回るそうだ。


 そんな訳で、勇者の私たちは"口利き役"と言うか、ギルドや勇者たちとスムーズに事が運べるよう、間に入って調整などをする流れとなる。


「コレ、恭弥が用意してくれたんだよ」

「チッ! またあの男か……」

「そんなにムクレないの。頬っぺた、ツンツンしちゃうぞ」

「ちょ、そんなに私を喜ばせても、褒美は"大して"出せんぞ!」

「「…………」」


 驚くほど短期間に『リリーサ様の扱い』を心得てしまった2人とのやり取りを、私とルリエスさんは複雑な表情で見守る。



・追加装備(栄子)

武器:マンキャッチャー・ダガー

防具:姫騎士の鎧・ガントレット・グリーブ


 栄子ちゃんは、ギフトを活かすために捕獲能力のある武器・マンキャッチャーを主体とする防御重視の装備となった。この武器は、返しのついたU字の長物で、暴動鎮圧用のサスマタを凶暴にした感じの武器となる。


・追加装備(美玲)

武器:バトルウィップ・グレポンクロス・スティレット

防具:革のハンタースーツ・狙撃手のグローブ・ブーツ


 美玲ちゃんは、先読みのギフトがあるので動きやすい装備で、前に出て積極的に囮になってもらうのが仕事だ。なので、前衛ではあるものの中・長距離でも戦える装備を選び、逆に近距離戦闘は基本的にしない構成になっている。


 因みにグレポンクロスは、クロスボウ型のグレポン式で、分かりやすく言えば『魔法の爆弾弓』だ。



「恭弥って、本当、こう言うのを選ぶの、得意なんだよね」

「ただし、体払いがNGなのがね……」

「2人とも、そんなノリだから、恭弥君に嫌われるんだよ」


 それでも恭弥君は、頼めばちゃんと(有償で)良いものを用意してくれる。単純に装備を選ぶのが好きなんだろうけど、そう言う部分は、基礎知識の差を感じてしまう。


「むぅ~、何かにつけてあの男の事ばかり……」

「ハハハ。イイじゃない、皆で仲良くしようよ! なんなら、今日は一緒に寝る?」

「……いいのか?」

「ダメなの?」


 リリーサ様の視線がルリエスさんを追う。やはり、高貴な身分となると、そういう当たり前の事も自由には出来ないのだろう。


「……畏まりました」

「喜べ! 許しが出たぞ!!」

「ハハ、それじゃあ、沢山お菓子を用意して、朝まで語り明かそう!」

「おぉ! それは楽しみだな!!」

「…………」


 年相応の輝きを見せるリリーサ様に対して、ルリエスさんは『しまった~』みたいな顔をしている。


 リリーサ様は、政略結婚の道具として育てられ、現在は勘当同然の状態らしいけど…………それでもボディーガードとしてルリエスさんが付けられている。彼女がパルトドン家で、どのくらいの地位なのかは分からないが、多分、かなり高い方だと思う。親がどんな人なのかは分からないけど、案外『貴族なりのやり方』で娘を大事にしている、"良い親"なのかもしれない。


「実はな、兼ねてより計画しておる事があってな。折角の機会だし、お前たちには聞いて欲しいのだ」

「「??」」

「ココにも、奴隷商があるのだろ?」

「あぁ、あるね。ワタシは行った事は無いけど」

「私はな、奴隷として売られていく女子おなごたちが、不憫でならないのだ」

「リサリサは、優しいんだね」

「もちろん! 女性、限定だがな!!」

「「ハハハァ」」


 日本で育った私たちにはイメージしにくい事だが、本来、奴隷を虐げる行為に対して貴族が疑問を持つ事は無い。それは『性格が歪んでしまったから』ではなく、この世界では『それが常識だから』なのだ。


 例えば、日本だってペットとして様々な動物を飼育しているけど、そこに(普通は)悪意はない。同じ地球でも国が変われば一部の動物は飼うのもタブーとなるし、逆に油っぽい虫を飼ったり食べたりする人たちも居て、それは大抵の日本人は理解できない事となる。


 しかし、そこにはそれぞれの価値観や文化があり、"良い悪い"で単純に分類できない世界が広がっている。良い悪いを言うなら、むしろ郷に従えず、自分の価値観を"絶対"だと過信してマウントを取りに行く行為こそが"悪"なのだ。


 話がそれてしまったが、そんな環境で育ちながらも奴隷の女性に"憐れみ"を感じたリリーサ様は、非常に稀で、日本人に近い感性を持っているのだろう。


「でも、ワタシは、むしろ"恵まれている"って思うけどな?」

「どこが!?」

「確かに、好きでもないのに体を重ねるのは嫌かもだけど…………それでも、体が売れるだけ、まだマシだよ」

「「…………」」


 死ぬよりも辛い事はあるだろうが、大らかな性格の栄子ちゃん的には『女性の方がマシ』と思えるようだ。たしかに、もし野盗に襲われるようなことがあれば、男は真っ先に殺されてしまう。対して女性は、犯されてしまうかもしれないが、商品として丁重に扱われる可能性もある。何せ、キズモノにしてしまえば商品価値は下がってしまうのだから。


「それに、奴隷落ちしたって、そこから良い人に巡り合える可能性もあるでしょ? 少なくとも、恭弥は奴隷ちゃんの事、本当に大切にしているよ」

「それは……」

「「…………」」


 死んだらそれで終わり。生きていれば、苦しみ続ける可能性もあるけど、救われる可能性もある。少なくとも、この世界の"奴隷"は最低限の待遇は保証されている。


「ふっ、エイコ、お前は良いヤツだな」

「そう? まぁ、イイ女、ですから!」

「そんなお前に、折りいって頼みがある」




 そんなこんなで私たちは、狩りの予定は何処へやら。リリーサ様の個人的な"悲願"についての話を聞いた。

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