#072 リリーサ②

「リリーサ様、こちらの施設では、魔法素材や、新たな装備の研究が行われております」

「うむ」


 午前、リリーサ様に新工房ウチの施設や活動を紹介する。


 しかしながら、リリーサ様は基本的に『男はガン無視』なので、案内役は先生に頼んだ。


「コチラが、当施設で研究に励んでいる、勇者・立花です」

「…………」

「り、立花ちゃん!」


 相変わらず平常運転の博士。しかしリリーサ様は、男に対しては厳しいが、女性には非常に寛容なので、特に問題が起こる事は無い。


「よいよい。リッカは学者なのだろう? それなら、周囲が見えなくなるくらいで丁度いい」

「そう言ってもらえると、助かります」


 リリーサ様は、丼家の一員なのだが、問題を起こしすぎて個人的に行使できる"特権"の殆どを剥奪されている。もちろん、それでも貴族なので不敬は許されないが…………親は、貴族との結婚を諦めており、そこで、貴族ではないまでも平民でも無い"勇者"を嫁ぎ先にと考えたようだ。


 因みに、この国では同性婚は認められていない。


「それで、今は何を研究しておるのだ? フフ、コレでも私は魔法学園を主席で卒業しておる。分からぬことがあれば、何なりと聞くがよい」


 ほんと、女性相手なら、人格者なんだよな……。


 因みに、リリーサ様は過去、嫁ぎ先の相手の…………何とは言わないが"何か"を噛み千切ろうとしたり蹴り潰そうとしたりしたそうだ。5つの"何か"の安否は不明だが、たとえ政略結婚でも、そこまでやってしまうと体面的にも当主はリリーサ様を罰しない訳にもいかない。


「えっと、今は"闇魔法"を研究しています」

「うっ。や、闇か。また、珍しい属性を研究しておるのだな」


 因みに、ルリエスさんは引っ越しの準備で席を外している。


 幸い、部屋は余っているので場所や広さは問題ないが、それでも家財道具は必要だ。しかし、その辺りは勘当同然と言っても貴族の端くれ。メイド隊が全部やってくれるので、コチラからは立会人としてベールさんを出しておいた。


「えっと、恭弥君は、初級魔法なら何でも使えるので」

「チッ!」

「……それに、"闇の属性結晶"も手に入りましたし」


 結晶亡霊の討伐報酬として貰ったのが闇の属性結晶であり、ソレは現在、ギルドに送って装備できる形に加工してもらっている。


 闇属性は(光などもそうだが)適性者の少ない魔法であり、ダンジョン内に使える者は居なかった。それでも資料はノルンさんの蔵書の中にあったのでコツコツ勉強していたが…………属性結晶も手に入ったので、博士に詳しい調査・研究を頼んでいる。


「そ、そうだ! 水属性の研究はしておらんのか? 何を隠そう、私は上級魔法も使えるのだ」

「凄いですね。確か、上級魔法って、使える人自体が非常に希少なんですよね?」

「ふふふ。首席と言ったであろう」


 上機嫌のリリーサ様。


 意外と言っては失礼だが、リリーサ様は戦闘系の水魔法が得意らしい。丼家は軍閥貴族であり、兄もそうだが最低限の戦闘技術やサバイバル知識はある。つまり、その気になれば『野宿も出来る貴族』なのだ。そうでも無ければ、ウチと言わず、お貴族様がダンジョンなんかに来る訳がない。


 しかし…………主席と言ってはいるが、魔法学部ではなく、騎士学部・魔法戦闘科(軍人系)の学科首席であって、総首席ではない。


 それでも中学生相当の年齢で上級魔法が使えるのは"非常に"凄い事なのだが…………何度か襲われたが、そこまでの威力は無かった。その辺、ロゼさんのように属性を極めるところまでは到達していない。あくまで"使えるだけ"の様だ。


「そうだ、水魔法って、水中で呼吸したり、自由に動ける魔法って無いんですか?」

「ぐっ。いや、そう言うのは、ちょっと……」

「あぁ、無理なんですね。じゃあ、雨を降らせたり、天候を変える事って出来ないんですか?」

「いや、出来ない事は無いんだけど…………その、ちょっと現実的では……」


 無垢な好奇心の刃が、リリーサ様を襲う。


 因みに、天候操作の魔法は魔王級の魔力をもってしても不可能とされている。その理由は簡単で『必要な魔力量が非現実的』だからだ。チート物の主人公だと、たまに天候操作をしているシーンを見かけるが、実際にはステータスが2~3桁ぶっ飛んでいる魔力量でも実現不可能。なにせ、普通の魔法使いの数億人分の魔力が必要になるからだ。


「そろそろ、お昼にしませんか?」

「ふん!」

「あぁ、リリーサ様、そろそろ昼食にしませんか?」

「うむ、そこの"ゴミムシ"抜きなら、喜んで付き合ってやるぞ」

「うぅ、リリーサ様~」


 あからさまに俺を邪険にするリリーサ様だが、俺としては"アリよりのアリ"。シルキーさんもそうだが、見ている分には"尊死"もの。結婚の話さえ無ければ、俺の癒し要因として永続的にウチに滞在してほしいくらいだ。


 まぁ、油断していると殺されそうになるが…………俺を殺すだけの実力は無いので問題ない。


「いや、お構いなく。先生、どうせ俺は狩りに出ますから、午後はお願いします」

「うぅ、気をつけてね……」


 午後はルリエスさんも交えて、下層を見て回るそうだ。なかなかルリエスさんとの時間が作れないのは惜しまれるが……。




 そんなこんなで俺は、リリーサ様を先生に託し、今日も今日とて戦いに身を置く。

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