#070 クリスタルファントム④

「諦めるな! 結晶亡霊の体力はあと僅かだぞ!!」

「そうだ! 俺はまだ……」

「光彦、危な~い(棒読み)」

「え、ちょ、恭ぅ…………やっ!!?」

 

 俺は全身全霊、ありったけの殺意を籠めて光彦にドロップキックを叩き込む。


「危ないところだったな! 後は俺が何とかするから、じゃ!」


 光彦の<限界突破>は強力なギフトではあるが、デメリットも存在する。それは『使用時間に応じて、解除後数日間ステータスが半減』し、その間は再使用できなくなると言うものだ。つまり、今の衝撃でギフトを解除してしまった光彦は、もう戦えない事になる。


「ふざけんな! なに横取りしてるんだ!?」

「すっこんでろチキン野郎!!」

「「……! ……!!」」


 盛大なブーイングに受けて、俺は晴れやかな気分で結晶亡霊に立ち向かう。


 結晶亡霊が手にする杖に魔力が集束する。しかし俺は、迷うことなくその1点にバーストを叩き込む。魔法攻撃力は結晶亡霊の方が上だが、暴発させてしまえばダメージは拡散する。つまり、ダメージが半分になるのだ。それだけ軽減できれば、俺の魔法防御力は突破できない。


「アイツ、ボスと素手で戦っているぞ!?」

「いくら魔法使い型だからって、命が惜しくないのか!?」


 魔法使いとしては、拳闘士に肉薄されるとなす術はない。しかし俺は、物理攻撃に加えて魔法攻撃も使っている。攻めるにしろ守るにしろ、結晶亡霊からしてみれば変身先に悩む相手だ。


「<眷属召喚>だ! 総員、各個撃破せよ!!」

「チッ! もう勝手にしろ!!」


 死霊が周囲の冒険者を無差別に襲う。しかし俺は気にしない。むしろ、カバー目的で近くをチョロチョロしていた連中が離れてくれて、動きやすくなったくらいだ。


 フリーになったゾンビが2体ほど流れてきたが、そのまま掴んで盾にする。同士討ちアリなのは相手も同じ。むしろ、暴発による反転ダメージを結晶亡霊だけ受ける形になるので美味しいくらいだ。


 たまらず結晶亡霊が、変身して短剣に持ち替える。


「それじゃあ、コッチも変更させて貰おう!」


 即座に忍者刀に切り替え、応戦する。短剣が相手なら、速さとリーチを兼ね備えた軽量片刃剣が有利となる。


 結晶亡霊のステータスは俺を上回っている。しかし、その差は相性の有利不利を覆すほどでは無い。これがフル体力だったら、ダメージレースで負けていただろうが、すでにその有利は、使い果たした後なのだ。


「お! 今度は盾に切り替えたぞ!?」

「こっちは鎖付きの鎌だ。盾を迂回して攻撃が通るぞ!!」


 結晶亡霊が変身するたび、俺は有利な装備に切り替えて戦う。


 確かに結晶亡霊の変身能力は厄介だ。しかしその能力は"万能"ではない。変身して何処かのステータスが上がれば、その分何処かが下がる。そう言った相手の対処は(防御重視で)『対処しやすい形状に固定して削り倒す』か(攻撃重視で)『攻撃手段を入れ替えて常に弱点を突く』かの2択となる。


「おい! 結晶亡霊が分身したぞ!!」

「違う! アレはドッペルゲンガーだ!!」


 6体のドッペルゲンガーを召喚し、それぞれが、短剣・盾+鈍器・長剣・斧・槍・杖を取り、最後に結晶亡霊が"扇"を手にする。結晶亡霊の変身パターンは7つ。それを眷属に分けあたえる事で、同時に7つのスタイルを使用する。これが55Fのボス、クリスタルファントムの"奥の手ラストスキル"となる。


「悪いがそのスキルは、対策済みなんだ」


 変身シーンを横目で見ながら、俺は手持ちの回復薬をがぶ飲みする。


「キョーヤさん! 行きますよ!!」


 ノルンさんの声と共に、魔力の竜巻が俺の背を押す。召喚した6体の眷属を巻き上げながら、俺は真っすぐ、クリスタルファントムのもとへと駆ける。





「おい! "横取り屋"が現れたぞ」

「よくも堂々と顔を出せたものだな」

「つか、なんでアイツが"MVP"なんだよ! 俺は納得できないぜ!!」


 後日、慣れない中層の冒険者ギルドに顔を出す。本部や宿舎は下層にあるのだが、それとは別に利便性向上のため、最前線にも支店が設置されており、第六階層で活動するベテラン勢はコチラを利用する。


「この度のクリスタルファントム戦において、勇者キョーヤは……。……」


 ギルドマスターのグスタフさんが、祝辞のようなものを読み上げる。


 今回俺は、ボス戦での活躍が評価され、MVPとして表彰される事となった。まぁ賞状とかは無いが、賞品としてボスのドロップが1つ貰える。


 クランで戦うときは、ギルドがドロップを一括買い上げして活躍に応じて分配する方式が主流なのだが、今回は俺が単独で最優秀評価を受けたわけだ。


「謹んで、お受けします」

「ふざけんな! あんな横取りが許されて……!!」

「……! ……!?」


 ブーイングが飛び交う。当然と言えば当然の話。いくら荒くれ者揃いの冒険者でも、他者を蹴落として手柄をあげるのはご法度だ。


「恭弥!」

「ん?」


 立ちはだかったのは、ブタ…………じゃなかったデブの勇者だ。


「裁判で、光彦と共に俺を擁護してくれた事には感謝している」

「そうか」

「しかし! 今回の一件、俺はどうしても許せない!!」

「だろうな」


 観衆がデブの発言に賛同する。


「光彦は人が良いから何も言わないが、あの時! お前が私欲のために光彦を邪魔した。それは皆が見ていたことだ!!」

「そうだな。俺は確かに、ポジションを離れて、強引に光彦と交代した」


 一応、ギルドからは最低限のフォローがあり、俺の行いを納得している者もそれなりにいる。しかし、人は"感情"で動く生き物であり、それだけで"皆が"納得する事はあり得ない。実際、共闘するとか、上手く説得して交代する選択肢もあった訳で、それを拒否した俺にも責任はある。


「そうだ! お前は私欲のために、光彦を!!」

「別に、俺のスタンスは最初から変わっていない。光彦は生理的に無理で、戦闘スタイルも相性最悪。だから、最前線で"オママゴト"をやっているバカを蹴り飛ばして、1人で戦わせてもらった」

「なっ!!?」


 俺が戦わなかったら、十中八九、戦線崩壊して甚大なる被害が出ていた事だろう。しかし、戦っていたのは光彦で、誰もが『光彦なら奇跡を起こしてくれる』と信じていた。


 では、遠巻きに現場を見ていた"偉い人"はどちらを選ぶか? 『多分奇跡が起きて勝ってしまう。けれど起きなければ大敗』の光彦か。『死傷者は出るかもしれないが堅実な成果をあげる』俺か。


 答えは明白。偉い人は冒険者が数名死んだところで"勘定のうち"。それこそ、死者が多い方が払う報奨金が安くなるので、『何人かは死んでほしい』と思っていても不思議は無い。その考えは非人道であり非道徳だが…………冒険者とは本来そういう"戦力"であり、それが冒険者として自由に生きる"対価”なのだ。


 俺は最初から、その事を受け入れて"冒険者"をやっているし、都合のイイ時だけ人権や平等を叫んだりはしない。


「まぁ、文句があるなら、俺の参戦を許可したお偉いさんに言ってくれ。それじゃ!」

「ちょ!!」


 当然ながら、俺の横取りはお咎め無し。それどころか、感情に流された現場の指揮官が注意を受けたほどだ。


 しかし、光彦や他の冒険者は、"あえて"特に注意や詳しい説明はされていない。結局、バカでも熱血でも、使えるなら何でもいいのだ。


 まぁ俺としても、例のオママゴトに巻き込まれるのは御免なので、願ったりな状態なのだが。




 そんなこんなで俺は、光彦の信者から罵倒を浴びつつも、ギルドを後にした。

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