#069 クリスタルファントム③

「しまっ!!」

「何やってんだバーロー!!」

「ぐっ! すまん、交代してくれ!」

「お、おぉ!」


 最初こそ好調だった戦術も、交代を重ねるにつれ"質"が低下し、たびたび包囲が突破される場面が増えてきた。今はまだカバーが間に合っているが、このままハイペースで交代を繰り返していると、それもままならなくなるだろう。


「不味いな。前衛部隊の消耗が早い。このままでは……」


 指揮を務めるギルド員が"作戦失敗"を考慮し始める。結晶亡霊の体力も削れているので、このまま押し切れる可能性もあるが…………少なくとも今はまだ、死者は出ていない。


「何を弱気な! 大丈夫ですよ。もう、アイツの動きは見切りました。次は充分な時間が稼げるはずです!!」

「おぉ、ミツヒコ君。いけそうか!?」


 休憩中の光彦が指揮官に声をかける。彼はすでに少数パーティーで第六階層のボスを撃破しており(他の冒険者だけでなく)ギルド員の信頼も厚い。


「くそっ! 光彦ばかり活躍させてたまるか!!」

「ハハッ! "交"、その調子だ!!」


 結晶亡霊と戦っている筋肉質の勇者が、自分を奮い立たせる。彼は、自身の脂肪を変化させる事で、一時的に戦闘に適した体に変身するギフトを持っている。


「しまっ!!」

「おっと、危ないところだったな」

「み、光彦……」


 吹き飛ばされた交を、光彦が当然の様に受け止める。それはまるで、運命が真打の登場を急かすようであった。


「あとは俺に任せて休め。皆も可成り消耗している。ココで決めなければ……」

「ハハ、犯罪者の俺にも優しい手を差し伸べてくれるのは、お前だけだ」

「何を言ってるんだ。友達だろ?」


 光彦の瞳には、腹部から流れ出る血潮が写っていた。今回の相手は"人"を模す魔物。そこには剣などの武器も含まれる。


 回復が遅れているのはコレが理由だ。回復薬やスキルで傷は塞げても、流れ落ちた血液は戻らない。これは血液に限った話ではない。手や足、そして命も。この世界の"回復"に『失ったものを再生する力』は無い。


「みんな! 勇者・ミツヒコを援護しろ! 決めにかかるぞ!!」

「「おぉぉおお!!」」


 光彦の髪は逆立ち、体は淡い光を放つ。これが光彦の奥の手<限界突破>だ。このギフトは、一時的に身体能力を飛躍的に向上させる。そこに判断力低下や魔力消費などのデメリットは無い。"その場"では。


「これ以上仲間を、傷つけさせて、たまるか!!」


 光彦の輝く剣と、結晶亡霊の黒い剣が重なる。その力は、互角に見えるほどであった。


 しかし結晶亡霊も"一人"で戦っている訳ではない。


「チッ! <眷属召喚>だ! 総員、各自迎撃せよ!!」

「「応ッ!!」」


 突然、地面からゾンビや死霊が出現して、周囲の冒険者を無差別に襲う。本来なら、対処できるだけの人員は揃っているが、負傷している者も多く……。


「くそっ! 仲間を狙うなんて卑怯だぞ!!」

「ちょ! ミツ…………ぐふっ!!?」


 突然光彦が持ち場を離れ、負傷した仲間を助ける。しかし今度は、光彦が抜けた穴をカバーに入った冒険者が負傷してしまう。


「何やってんだ光彦! 俺たちの事は構うな! 結晶亡霊に専念してろ!!」

「くっ! すまない!!」


 深々と体を切り裂かれた冒険者が、仲間に引きずられて後方に退避する。





「不味いな。光彦の"悪いところ"がモロに出た」

「大丈夫でしょうか、ご主人様……」


 途中まで善戦していたが、崩れだせばアッと言う間。


 そもそもの話、半霊体とは言え、霊体系の相手に物理攻撃主体で戦っているのが間違いなのだ。もちろんこれは仕方ない事であり、だからこそ"厄介なボス"として放置されていた訳だ。


「まだだ! 俺は絶対に…………勝ッ! 勝って皆と、地球に帰るんだ!!」


 光彦がもう1つの奥の手<飛翔斬>を放つ。


 このスキルはその名の通り、斬撃を飛ばす技なのだが、ダメージとしては『斬属性の魔法ダメージ』(概念属性の魔法攻撃)であり物理耐性の高い相手に効果的だ。判定が"魔法"なので結晶亡霊にも有効なのだが、魔力消費が激しいので連発は出来ない。加えて……。


「結晶亡霊が変身したぞ! 今度は魔法使いだ!!」

「不味い! 全員離れろ!!」


 魔法による周囲攻撃が、取り付いていた冒険者を吹き飛ばす。


 結晶亡霊は、変身した姿に応じて"ある程度"ステータスも変化する。今までは物理攻撃主体で攻めていたので剣士型だったが、光彦が魔法ダメージで攻めて来たのに反応して、魔法使い型に変身した。この状態では、<飛翔斬>のダメージは期待できない。


「キョーヤさん」

「ルリエスさん、居たんですか」

「ふふ、気づいていたくせに」

「さぁ、どうでしょう」


 近くの木から飛び降りて来たのは黒い衣装に身を包んだルリエスさん。


 なんだ、そういう衣装もあるんじゃないか。


「急な話で申し訳ないのですが、前線に加勢しては貰えないでしょうか?」

「……ギルドが俺と光彦を組ませたがっていたのって、この状況を予測していたからですか?」

「私の口からは何とも」


 正直、『ルリエスさんが行けば?』って気持ちはある。まぁ、ルリエスさんも主任務は要人警護であり、"忍者"として忍ぶ必要があるのは理解できるが……。ここで光彦を助けるのは、俺の今後の"精神衛生"に、多大なる負担がかかりかねない。


「撤退は……」

「今となっては、難しいでしょうね」

「ですよね~」


 せめて光彦が『仲間のカバーを捨てて、火力役に専念』してくれたらよかったのだが…………それが出来るようなら、ここまで慕われてはいない。


「お願いできませんか?」

「はぁ~~。それじゃあ、"こんなの"はどうですか?」




 そんなこんなで、対結晶亡霊戦は続く。

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