#067 クリスタルファントム①

「ボス~」

「なんだルビ~」

「今日は、何人死ぬかな~」


 ユルい口調で重い質問をしてきたのはルビー。何を隠そう、今から挑もうとしているボスこそが、ルビーの両親を引退に追い込んだ元凶なのだ。


「どうだろうな。まぁ、誰も死なない可能性は、それなりにあると思うぞ?」

「ふぅ~ん」


 やってきたのは55Fの"夜の森"。この階は昼間でも暗闇に覆われており、各種ゾンビや霊体系の魔物が出現する。そして、ターゲットとなるボスは"クリスタルファントム"(結晶亡霊)。コイツは、相手の姿を模す半霊体の魔物・ドッペルゲンガーのボスバージョンで、変身する姿をいくつかストックでき、それを切り替えながら襲ってくる厄介な相手だ。


「魔法班は照明を絶やさない事! 合図を取り合い、切れ間が出来ないよう……。……!」


 ギルド員が、作戦の最終確認をおこなう。本来、冒険者ギルドの職員がダンジョンに出て指示を出す事は無いのだが、クランで行動する大規模な作戦には指揮官として出張ってくることもある。


「まぁ、今回は脇役だ。大人しく支援に徹しよう」

「はい!」

「ほ~ぃ」


 結晶亡霊は危険な相手だ。しかし、それでもゲートキーパー程ではない。この戦いは、いわば"予行演習"。経験の浅い召喚勇者に"ボス戦"を体験させるのがサブミッションとなっている。



 そして今回の俺のパーティーの役割は『魔法支援と後衛部隊の護衛』となる。

①、基本は照明係。相手は不定形なので、常時照らして形状を確認できるようにする。


②、他の支援部隊のカバー。今回は他の地域からも支援が出来る人を呼んでいる。彼らが支援に専念できるよう、乱入してくるザコを処理する。


③、撤退支援。ボスに張り付いて戦うベテラン勢が壊滅した際は、中衛よりのポジションである俺たちがカバーしながら後衛を逃がす。つまりは保険だ。


 補足すると、ゲーム的には欠かせない遠距離攻撃でダメージを稼ぐ部隊は、今回採用していない。考えてみれば当たり前の話なのだが、接近してくる相手に対して遠距離攻撃を仕掛けると(友軍の)前衛の背中を攻撃してしまう。ゲームと違って、リアルの攻撃は『同士討ちアリ』なのだ。


「それでは、誘導班が結晶亡霊に接敵して目標エリアに誘導する! 各班はそれまで、周囲の魔物を殲滅せよ!!」


 まずは外周に放置している結晶亡霊を、戦いやすい場所に誘導する。


「その、ルビーはもしかして、結晶亡霊に挑戦したいのですか?」


 流石に過剰戦力。目標エリアのクリアリングは俺たちの出る間もなく終わってしまった。


 手持無沙汰なのか、イリーナがルビーに問いかける。作戦中に不謹慎と言えば不謹慎だが、他のパーティーも含めて、冒険者に軍隊のような規律を期待するのは間違いであり、周囲も似た様な雰囲気になっている。


「ん~、今じゃないかな?」

「そうですか」


 因縁の相手に対して意外にもドライな反応のルビー。これは『関心が無い』のではなく"矜持"がそうさせている。


 ルビーの親は戦士であり、戦士は戦場で死ぬことを"誉"としている。つまり強者であるボスに負けたことは"恥"では無いのだ。そこのところ、近い境遇であっても、イリーナとは受け取り方が"真逆"となっている。


「やあ恭弥! 今日はお互い頑張ろうな!!」

「「!!」」


 即座に2人が、俺の背後に隠れる。正直俺も隠れてやり過ごしたい相手ではある。


「人違いです」

「何言ってるんだよ? "友達"の顔を、忘れたのか??」

「お前のような無神経なヤツを友達に持った覚えはない」


 完全無欠の"陽キャ"が、体育祭でも始まるかってノリで話しかけてきた。一歩間違えば、数十の死者が出る戦場でだ。


 とは言え、この様な場所で緊張を解きほぐすために仲間に声をかけて回るのは良い事だ。"仲間"にかけて回る分には、俺もココまで心を乱さずに済んだだろう。


「えっと、イリーナちゃんと、ルビー君? だったかな。2人も、今日はよろしく!」

「「…………」」


 全力で無視する2人。我が社は『関わらない・話さない・当てにしない』の"3無い"運動を徹底している。


「ははは、シャイなんだね。2人とも、恭弥の事、頼んだよ。コイツ、いつも1人で抱え込んで、無理ばかりしているんだ」

「「そ!! …………」」


 ギリギリのところで踏みとどまる2人。これはあとでご褒美を用意しなければ。


「いつまで無駄口たたいているつもりだ? こっちも準備があるんだ。……失せろ」

「はは、相変わらず恭弥はツンデレだな! それじゃあ、背中は任せたよ!!」


 ダメだ、何かもう気力を全部持っていかれた。アイツが(10+1億の)稼ぎ頭でなければ"うっかり"背中を貫いていたところだ。


「ご主人様、大丈夫ですか?」

「ボス、顔色悪いぞ」

「あ、あぁ、2人とも、ちょっと顔を見せてくれ」

「はい!」「おぉ!」


 癒し! 圧倒的癒し!! 異世界の美少女に囲まれて、俺は今、急激に気力が回復している。


 今回は、博士やシルキーさんに用意してもらった新装備や、ルリエスさん…………ルリエス=サンとの特訓でモノにした戦術があるので、負ける気がしない。


 まぁ、何人か死ぬかもしれないが、そこはほら、誉って事で。


「来たぞ! 結晶亡霊だ! 総員、戦闘態勢に入れ!!」




 こうして俺たちは、55Fのボス、クリスタルファントムと対面する。

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