#066 勇者寮・第二調理室
「ふ~、なんとか形になったね」
「みんな、お茶を淹れたよ~」
「お、流石ミホッチ、気がきくね~」
勇者寮・"第二"調理室。そこには営業開始に向けて準備を進める、4人の女性勇者の姿があった。
「しかし、なかなか豪華な屋台だよな。これ、結構するんじゃないか?」
「まぁ、するんだけど…………"折半"って事で、なんとか予算内におさまった感じ」
「そう言うとこ、ほんとチャッカリしてるよな、アイツ」
本来の計画では、既存の調理室を拡張して"勇者弁当"を作る場にする予定だったが…………調理室はそのまま残し、隣の部屋を3つほど潰す形で第二調理室を作った。
第二調理室は、食料保管庫と調理場、そして販売用の屋台を室内で保管するガレージで構成されている。
「それでも手伝わないところは、恭弥君らしいけどね」
「まぁたしかに、売ったら終わりの弁当の為だけに、屋台を用意するのはコスパが悪かったんだよね」
勇者弁当の第六階層出張販売計画は『道具屋で販売しているアイテムも合わせて売る』契約で、鍛冶師ギルドと購入代金を折半した。そのため、労働時間や仕事量は増えてしまったが、より安定した収入が見込めるようになった。
「つか、これからは責任重大なんだよね。失敗しても"ま、イイか"って気持ちじゃ、やっていけない訳だし」
「それが"働く"って事だよ、若いの」
「鏡花ちゃん、おばさ……」
「しゃらっぷ! ほんと、歳の話はやめて。こっちの世界じゃ、私の歳だと、"もう"行き遅れみたいに見られるんだから」
会話に花が咲く。しかしその精神状態は不安定で、意識的に明るく振る舞っていなければ、なにも手につかなくなってしまう状況であった。
「それで、手伝いにも来ないで、恭弥はどうしてるんだ?」
「あぁ、うん。ボス戦に向けて、第六階層で連携や新装備の調整をしてるみたい」
「結局光彦とパーティーを組むの、断り切ったんだろ? やっぱり恭弥は、気が合うんだよな~」
残る(ゲートキーパー以外の)ボスは2体。しかし直接戦うのは1体のみとなる。最終戦は連戦となり、別動隊に最後のボスを委ね、選抜クラン(パーティーの集合体)で59Fの前で待機し、59F解放と同時にゲートキーパーに挑む事となる。
「栄子ちゃん、あんなに邪険にされているのに、本当にヘコたれないよね」
「はは、アタシ最近、"M"に目覚めてきてるから」
「「…………」」
一同がリアクションに困る。
表立って言う事は無いが、実のところこの場に集まった4人も(多少意味合いは変化するが)光彦を苦手とする気持ちは同じであり、学園時代から紆余曲折あって親しい関係が続いている。
「その、恭弥君、勝てるんですよね……」
「「………………」」
「少なくとも"次の"ボス戦は、大丈夫だって言ってたよ」
「「……………………」」
学園入学初日。進学校であるにもかかわらず、恭弥は初日の自己紹介で堂々とオタク趣味を公言した。当然ながら学園は『学業と進学』が優先であり、担任教師は、即座に趣味に没頭する恭弥を否定し、それ以降も事あるごとに"悪い見本"として引き合いに出された。
しかし、当然ながらソレをよく思わず、フォローをしようとする者がいた。それは光彦・美穂・鏡花の3人であった。
「出来れば私も、参加したかったんだけどね」
「鏡花ちゃんのギフトなら、役に立つと思ったんだけどな~」
「それを言うなら、栄子ちゃんもじゃない?」
「いや、アタシじゃ体力が……」
鏡花は実のところ、アニメやゲームが好きで、つまり"オタク"であった。そんな彼女は、何度か例の行為をやめるよう担任に掛け合ったのだが、新人教師の立場は弱く、何より恭弥本人がクラスメイトとの"和解"を望まなかったのだ。
それは美穂も同じで、恭弥にフォローを禁じられ、表立って助けられない状態であった。
「アイツ、口ではツンツンしてるけど…………本当は"私たちを守り通す自信が無い"から、ボス戦は最少人数で挑むよう、ギルドに掛け合ったんだぜ?」
「逆に、光彦君は"俺がなんとかするから!"って言って、数を集めようとしていたんだよな」
「「…………」」
本来、光彦の言葉は頼もしく、実際に数々の困難を乗り越えてきた実績がある。多くの者が彼を慕い、仲間は日増しに増えていった。
「ん~、やっぱりアタシ、光彦は無理なんだよな~」
「そう言えば、なんで鏡花ちゃんて、光彦が"無理派"なんだ? ミホッチは知ってるけど、そう言えば聞いていなかったよね」
光彦の語る青春は、あまりにも眩しく、その色はまさに"蛍光ブルー"。大らかすぎる者と相性が悪いのは当然であり…………美穂や鏡花は、"本人の意思"を尊重して控えめなフォローに止めていたところを、何の躊躇も無くブチ壊しにしていく光彦を、内心では"厄介者"と思っていた。
「いや、まぁ、美穂ちゃんと考えた作戦を何度も台無しにされた恨みはあるけど…………それとは別に、光彦君って、何て言うか、その」
「「その?」」
「この事は、絶対他では言わないでよ? ……その、何か、やっている事が"勉強しない子"と同じなんだよね」
「「あぁ~」」
一同が納得する。確かに光彦の成績は良く、優良生徒として誰もが知る存在だ。しかし……。
「テストではいつも90点(前後)。でも、本当はもっと頑張ればいっぱい100点がとれるくらい頭が良いのに、周りに合わせて"勉強してます"って顔して適当に流すの。やっている事は"赤点は無いからいいじゃん"って言って"勉強しない子"と同じなんだよね。皆は騙せても、先生はノートとか課題を見るから、分かっちゃうんだよ」
光彦はいわゆる"神童"であった。何をやっても上手くいき、大人を驚かせ続けた。その輝きは眩しく、同年代の子供はこぞって彼を遠ざけた。
しかし光彦本人は、友達との時間に憧れを抱く"普通の感性"を持っていた。その結果、いつしか光彦は努力を止め、何よりも"友情"を大切にするようになった。
「つか、鏡花ちゃんって、頑張っている年下の男が、タイプなんだよね」
「ブーー!!」
口に含んだお茶が、盛大に噴出する。皆は、吹きかけられたお茶を拭いながら『何を今更』と言った表情を向ける。
「はぁ~。鏡花ちゃんのウブなところ、ロストしても全然治らないね」
「うっ、ままま、まぁ。そういうのは、初めてかどうかなんて、関係無いからね!」
まだロストはしていない。
「まぁ、美穂が前に言っていたヤツ。ホラ、なんだっけ?」
「恭弥はツンツンしているけど、根は凄く優しいってのか?」
「そう、それ! 最近凄く分かるようになってきたんだよね」
「うぅ、分かりにくいけど…………そうなんだよ」
中学から苦労を重ねてきた幼馴染が、涙ながらに同意する。
「実際恭弥君は、本気で10億稼いで私たちを地球に帰すつもりで働いているし、問題が起きても"自分は関係ない"って無責任なことも言わない。普通、ラノベの主人公って、クラスメイトなんてただの引き立て役、自分だけ成り上がれればそれでいいって感じなのに」
「毎回思うけど、鏡花ちゃんの話すラノベ? の主人公って、クズすぎない??」
「いや、うん、ちゃんとしている作品もあるんだけど、良くも悪くも"ライト"な世界なんですよ。うんうん」
「「…………」」
何故か誇らしげに語る鏡花に対し、一同は返す言葉に困る。残念ながらこの中に、彼女の話題について来られるものはいない。
そんなこんなで、何気ない日常は、驚くほど足早に過ぎていく。
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