#062 重度の自己中

「今日は、このあたりにしておきますか?」

「そ、それで、お願い、します……」


 満身創痍。今日はルリエスさんに戦闘訓練をお願いしたのだが…………なんと言うかもう、ただひたすらに痛めつけられた。ホントこの人、"実演"以外の選択肢があまりにも少ない。


「そういえば…………教える際は相手を褒めると良いと、聞きました」

「い、今更ですか?」

「すいません、何と言うか、タイミングが分からなくって」

「それ、褒めるところが無いって事ですよね?」

「そんな事は! その、お水です」

「あぁ、いただきます」


 因みに、場所はウチの中庭だ。いや、中庭なのか? 屋外のスペースを壁で仕切り、鍛練やシャワーを浴びる場所にした。壁は、景観を損ねるからか女性陣に反対されたが、特訓風景はあまり見られたくないので強引に押し切った。


「その、ごめんなさい。私、教えるの、下手ですよね?」

「ん~、どうでしょう? 少なくとも俺は有意義だと感じていますし、今後もお願いしたいです」

「そ、そうですか」


 振り返って背中で語るルリエスさん。


 人にもよるだろうが、俺的には基礎訓練をすっ飛ばして"実演"から入るルリエスさんのスタイルは合っている気がする。もちろん、基礎訓練が必要なものも多いが、それでも『ただレールの上を走らされる退屈な特訓』よりは、遠回りでもゴールが見えている分"やり甲斐"が感じられる。


「そういえば……」

「はい?」

「不確定な情報ですが、ユグドラシルに危険なやからが入った可能性があります」

「危険な連中って、スリとか"死体漁り"ですか?」


 死体漁りとは、戦場で死んだ人から装備を剥ぎ取る人たちの事だが、冒険者界隈では別の意味が追加される。それは、魔物を誘導して作為的にパーティーを壊滅させる点だ。


 狩りを終え、カートを稼ぎで満たした若い冒険者に、強い魔物を誘導して襲わせる。魔物は装備や貴金属には無関心なので、最後に魔物を追い払って死体から稼ぎを横取りすれば、ライバルを蹴落としながらも稼ぎを確保できる訳だ。


「本来は、もっと人気の少ない郊外に出没するものなのですが…………捜査から逃れる形で、コチラに流れてきたようです」

「なるほど。注意しておきます」


 魔物の押し付けは、索敵スキルである程度自衛できる。しかし死体漁りの厄介なところは、山賊などと違って普段は"冒険者"である点だ。普段は優良冒険者を装って、稼ぎや気に入らない相手が居ると、巧妙に場を整え犯行に及ぶ。


「まぁ、キョーヤさんなら大丈夫だと思いますが、ココは放置されたボスが居る階もありますので」

「そうですね」





「ところで、なんでお前らがウチに来てるんだ?」

「おっす、恭弥」

「別に、敷地には入ってないだろ?」

「…………」


 訓練を終え、ルリエスさんを見送ると、入れ違う形で先生とAとB、そして美穂がやってきた。


「いや、ほら、美穂ちゃんのスキルって魔力量が重要じゃない? だから、4人で狩りに出かけていたの」

「そうですか」

「でも、やっぱりアタシラだけじゃキツくって。恭弥、こんど手伝ってよ!」

「栄子ちゃんのそういう所、やっぱり凄いよね」


 全くもって同意だが、Aは絵に描いたような陽キャであり、根はイイやつなのだろう。陽キャ具合で言えば光彦たちも負けていないが、あっちは綺麗すぎてソリが合わない。逆に俺は、下ネタでも気兼ねなく言えるので、ソリは合っているのだろう。


「そうだな」

「「え!?」」

「いや、何でも最近、不審者が出没しているそうだ。俺からも頼んでおくから、出来るだけシルキーさんやノルンさんを誘うといい」

「えぇ~。恭弥は来ないのかよ」

「そういうところ、ホント、恭弥君だよね」

「「うんうん」」


 揃って頷く4人。散々先達に指導を頼んでいる俺が言えた義理も無いが、頼むならせめて最低限のメリットを提示してもらいたいものだ。


「悪いが俺は(攻略以外でも)鍛練や勉強で忙しいんだ。その間ならイリーナやルビーを連れて行ってもイイから、そこは自分で何とかしてくれ」

「ぶ~ぶ~、オッパイ揉ませてやったのに、冷たいぞ~」

「「えっ!!?」」

「アレは"押し付けられた"って言うんだ。それに…………何となくだが、悪い事が起きる予感がする」

「え~。何それ、気になるじゃない」

「「…………」」


 面白がる先生に対し、AとBは黙り込む。そう、問題を起こすとすればCとDが最有力だ。


 この前の一件で確信した。あの2人は何も反省していない。流石に問題児である事は周知されてしまったので簡単に協力者は得られないだろうが、俺を利用しようとしたのは事実であり、優先目標は光彦で間違いないだろう。


「とにかく、余計な気は起こすな。アイツラは単独で何か出来るほどの度胸は無い。もう一度言う、協力するな。それが本人の為だ」

「「…………」」


 世の中には、客観的に自分の行動を判断できない人間が、驚くほど多く存在している。相手が"キモい"と言うだけで平然と下駄箱にゴミを押し込むようなマネが出来てしまうし、意中の相手が好意を寄せてくれないだけでカタキを校舎裏に呼び出せてしまう。


 そこに悪意はない。制裁を正当化する"理由"さえあれば、人の"タガ"は驚くほど簡単に外れてしまうのだ。結局、正義も悪も根底は"主義主張エゴ"であり、周囲からの評価が違うだけで元をたどれば"同じもの"なんだと思っている。


「アタシだって、2人がやった事がダメなのは分かってる」

「…………」

「でも、一応幼馴染だし、これ以上、人の道を踏み外すのは、見ていられなくって」

「「………………」」


 CとDは、無意識に自分を正当化してしまうタイプで、相手に少しでも非があれば『全てそのせい』だと考えてしまう。ハッキリ言ってしまえば『幼少期の精神形成に失敗した発達障害』なのだ。普段はわりと普通に見えるが、自尊心が傷つくような事には過敏になり、自分の行いが目に入らなくなったり、相手がどうなろうと気にならなくなったりする。


 光彦の更生プログラムで行動を矯正しても…………それはただ知識的に問題を回避しているだけで、根底の部分、性格や主義が180度方向転換する事は無い。それがもし出来たのなら、それは洗脳や催眠術の類であり、それはそれで怖くて仕方ない。




 そんなこんなで案の定、気まずい雰囲気になってしまった。

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