#060 地道な金策

「やっほ~、恭弥。ひさしぶり~」

「おつかれ~」


 一日の終わりに溜まった疲れが一気に噴き出す。俺を手招きしているのはAとB。今日は、何やら報告があるとの事で呼び出された。


「それで、なにか情報でも手に入れたのか?」


 因みに勇者寮の連中は、現在、中層で活動する冒険者と合同で第七階層解放に向けてのクエストをこなしている。つまり監視の目がある訳で、俺が知る限り問題は起きていないはずだ。


「そうツンツンするなよ。アタシラの仲だろ?」

「同郷の他人って事だな」

「まぁまぁ、奢るから、一杯どうだ?」


 聞く話によると、2人は寮を出たそうだ。磔の一件は、踏み絵と言うか、光彦への"信仰"を問う形になり、"なんとなく"で光彦に賛同していた連中をフルイにかける形になった。


 結果的に現在の召喚勇者は、光彦派と、どちらかと言えば光彦を支持するが寮は出て攻略を進める自立派、そして帰還する気が無い俺の一派の3勢力に分かれた。


「悪い、信頼できない相手が出す食べ物は口にしない主義なんだ」

「うん、やっぱり信二たちの件、まだ怒っているよね?」

「怒ってはいない。少しでも期待した自分に、失望しているだけだ」

「ハハハ。美玲、どうしよう?」

「ん?」

「ちょっと目覚めそう」

「「…………」」


 Aの性癖はさて置き、2人はCやDだけでなく、美穂や先生とも仲がいいようで、僅かながらに情報が入ってくる。


 その情報によると、どうやら2人は"俺の派閥"と見られているようだ。極めて遺憾ではあるが、自立派と言ってもダンジョン攻略が出来る訳でも無く、かと言って光彦ともソコまで仲がいい訳でもないとなると、俺寄りのポジションに見られてしまうのは仕方ない事なのかもしれない。


「もうその事はイイから、早く用件を教えてくれ」

「はいはい、わかってるよ。えっとね、話は3つあって、まずは……。……」


 意外なことに2人は、勇者弁当の手伝いをしているそうだ。仲がいいのは知っていたが、この2人が真面目に働きだしたのは、流石に驚かされた。


 因みに今は、買い出しを担当しており、将来的には中層で出張販売を考えているそうだ。


「まぁ、いいんじゃないか? ただし、美穂のギフトでは量産できない欠点があるのを忘れていないか??」

「あぁ、大丈夫大丈夫。効果はメチャクチャ薄めて売るから。ぶっちゃけ、ただのお弁当だよ」

「まぁアレだ。名前を売る感じ」


 詐欺みたいな話ではあるが、俺としては賛成だ。商売は、CMや語呂合わせなどの『商品とは直接関係ないところ』に注力するのも重要で、むしろその"ちょっとした差"を競うのが『現実の商売』と言うものだ。


「それで、なんでその話を俺にする? やはり屋台の開店資金か??」


 勇者弁当は現在、1日20個限定で販売しており、毎日完売状態だ。しかし、本気で儲けを考えるなら、中層に店をかまえて『通勤途中で買える』形にするべきだ。キャンプ地の人口を考えると厳しいが、それでも最低3桁は売って行かないと"道楽"と大差ないだろう。


「それもあるけど、出来れば料理を作る場所を貸してほしいんだよね」

「寮の食堂だと、流石に100人前とか、そういうのは無理だから」

「頼むよ。使用料はちゃんと払うからさ」


 冒険者は確かに自炊は出来る。しかし、それはあくまでサバイバルの話で『自宅のキッチンで……』みたいな事はやりたくても出来ない生活なのだ。よって、調理器具や生鮮食品の流通自体が少なく、食堂はダンジョン外の業者に発注する形で食品を仕入れている。


 一応、勇者寮には調理室があるのだが『給湯室に毛が生えた程度』であり、魔力の問題もあって今は一日20個が限界のようだ。


「しかしなぁ、ウチは勇者お断りだから……」

「それ、恭弥が決めた事だよね」

「そうだけど?」

「恭弥ってやっぱり、意地悪だよね」

「よく言われる」


 ぶっちゃけ、ソレを許可するとなし崩し的に美穂がウチに出入りする事になる。俺の目標は『クラスメイトを地球に送り返す』事であり、金策に協力するのもやぶさかではない。しかしそれで、疫病神のエンカウント率が高まるのは余りにも危険だ。


「ねぇ、恭弥、頼むよ~。アタシラに出来る事なら、何でもするからさ~」

「…………」

「その、恭弥がシタいって言うなら、ワタシも頑張るよ。その、この前の一件で、やっぱり真っ当な方法で稼ぐことも、大事だなって実感したんだよね」


 全くもって"真っ当"になり切れていないのだが、それでもこれは大きな進歩だ。それに、確かに『冒険者は弁当を売るよりも遥かに稼げる』が、そこには危険が伴い、誰にでもできる事では無い。塵も積もればで、非戦闘員でも地道に稼げる金策は、あって損は無い。


「…………分かった」

「「え! いいの!!?」」

「知り合いに頼んで、勇者寮を改築してもらう」

「なんでだよ!」

「恭弥、おまえ、そういうところだぞ」

「まぁ、半分冗談だ。悪いが今度、魔法学園の合宿先として貸し出す話があってな」

「「あぁ……」」


 先客を断ってまで勇者弁当に肩入れする義理は無い。いや、思いっきり義理はある気もするが"言い訳"があるのに断らない理由は無い。


「どのみち、寮に引き籠っている連中を働かせないとダメだろ?」

「あぁ…………確かに」

「恭弥って、そういうトコ確りしてるよな」


 勇者寮には、すでに水道などの"最低限の設備"が揃っている。それなら改装はそこまで難しくない。なにせこの世界には魔法があり、間取りを変更するだけなら半日もかからない。


 大型の冷蔵庫や業者とのやり取りの問題はあるが、その辺も鍛冶師ギルドのツテが使えるので、収益に合わせて順次投資していけば済む話だ。




 そんなこんなで、2人の話はまだ続く。

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