#055 勇者の弁当

「恭弥君。お腹、空いてない?」

「いや、空いていますけど」


 今日もノルマをこなしてウチに帰る。そこには嫌らしい笑みを浮かべる先生が待ち構えていた。


「そっかそっか、丁度ここに、お弁当があったんだよね」

「そもそも、先生が食事を済ませずに来いって言ったんじゃないですか」

「あ~、あ~、聞こえな~ぃ。私の事を未だに先生って呼ぶ声なんて、聞こえな~ぃ」


 因みに先生は、裁判の一件で吹っ切れ、この世界に残る選択を選んだ。当初、また落ち込むことも予想されたが、例の一件は3人に明確な"非"があった。それでも監督責任を問うのが日本だが、先生としても流石にアレは『面倒見切れない』と思い至るに充分な出来事だったようだ。


「はいはい、それで、弁当ソレを食べればいいんですか? ギルドに呼ばれているので、手短にお願いします」

「そう言う事。はい! 食べて食べて」


 木の皮に包まれた弁当が突き出される。その包みの中からは……。


「これ、作ったの美穂ですよね?」

「え? 分かるの??」

「いや、まぁ……」


 サンドイッチと、ちょっとした野菜やウインナーが添えられたお弁当は、まさに『洒落たお母さんが作ってくれそう』な見た目をしていた。いや『木の皮ならおにぎりだろ!?』と思ってしまうが、残念ながら海苔が手に入らないのと、美穂は諸事情により地味な色合いの料理が作れない欠点がある。


「ぐふふっ、やっぱり幼馴染なんだね」

「それはまぁ……。それで、コレを食べさせて何がしたいんですか? 食べて終わりって訳じゃ、ないんですよね??」


 とりあえず腹も空いていたのでサンドイッチを摘まむ。シャキシャキとした野菜の触感と、ほのかなカラシのアクセントが心地よい。


「実はね、ほら、勇者寮の皆、今、大変じゃない? 金銭的に」

「でしょうね」


 勇者寮と言うか、光彦は被害者の賠償の為にニラレバ丼に1億の借金をした。バカの為によくやるよ、と思ってしまうが、借金を背負うのも何だかアニメの主人公っぽくって、ちょっと納得してしまう。


「それでね、お金が必要だから、寮の皆もウチみたいに商売を始めようってなったの」

「それで、お弁当なわけですか」

「そう言う事」


 美穂のギフトは『魔力を籠めて作った料理に回復やバフの効果を付与できる』と言うもの。正直微妙な能力だが、前もって料理を作っておけば、ダンジョンでの魔力消費を節約できるのだ。ある意味では、俺のギフトよりも貢献していると言えよう。


「正直なところ、この弁当は無駄が多い。(多分自分たちで食べるのだと思われるが)廃棄されるパンの耳が勿体ないし、彩で野菜などをそえるのも中と外で野菜がカブっていて…………最初から中に全部入れてくれって、思ってしまいます」

「ん~、恭弥君。言っている事はもっともなんだけど…………この場に美穂ちゃんが居なくて、ホント良かったよ」

「いや、まぁ、色気が無いのは、分かっています」


 昔、何度か親のかわりに美穂が料理を作ってくれた事があった。美穂は気合を入れて鮮やかで品数の多い料理を作ってくれる。それは有り難いと思うのだが…………俺はカレーなどの地味な色合いで一皿で完結する料理が好みで、そう言う所も昔から微妙に噛み合わなかった。


「まぁ、利益や作る手間を考えたら、恭弥君の意見も充分イイと思うけどね。それで、それとは別に、その……」

「開店資金ですか?」


 残念ながら、ゲームと違って好き勝手に露店を開く事は出来ない。出来たとしても、屋台や食品を補完するための魔道具を用意する必要があり…………まぁ最低でも100万、ちゃんとしたものを用意するなら500万は必要になる。


「それでねぇ、恭弥君には! "株主"になってもらいたいの!!」

「あぁ、それで……」


 つまり、この弁当を使った金策にいくら投資できるかって話なのだが、これは掛け捨ての投資ではない。株主と言うからには"配当"があり、上手くいけば永続的に儲けの一部が俺の懐に入る訳だ。


「どうかな? 結構いいアイディアだと、思うんだけど」

「いや、ハッキリ言って、俺としては"イマイチ"だと思います。……。……」


 美穂のギフトでは、どうしても作れる弁当の数に制限がある。しかも、料理なのがまた厄介だ。それこそ『コップ1杯の水でもOK』だったら違ったのだが。


 回復効果が付与された弁当は、間違いなく売れるだろう。しかし、それは追加料金しだいだ。既存の回復薬と同等の価格なら、飲んでも塗っても効果のある回復薬の方が便利で、いつでもキャンプ地に戻ってこられるユグドラシルの冒険者には、弁当の形である利点が少ない。


 結局、手堅くそこそこの金額を稼ぐのには向いているが、貴重なギフト持ち1人を費やしてまでやる価値のある金策には思えない。


「なるほどね。いいアイディアだと思ったんだけどな……」

「まぁ作った弁当を、ウチで"委託販売"する分には、タダ同然でスタートできると、思いますよ」

「あぁ! さすが恭弥君! ご褒美に、私の事、名前で呼んでもいいよ!!」


 ウチの試し屋は、道具屋と設備を共有しており、売買の資格や設備がすでに揃っている。おまけに店員も常駐しているので、新たに販売員を用意する必要もない。


 まぁコチラも、回復効果のある弁当が販売されているとなれば、それなりに"客寄せ"になるので、お互いが得をする形になるだろう。


「それじゃあ、遠慮なく、先生と呼ばせて貰います」

「うぅ、恭弥君はイジ悪だよ……」

「よく言われます」




 そんなこんなで(俺は手伝わないが)先生は、店番ついでに美穂が作ったお弁当を売る事となった。

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