#048 転移魔法
「「…………」」
「2人とも、早い」
工房は研究棟と居住棟に分かれており、当然ながら炊事や入浴などの生活に必要な施設はそろっている。しかし1人、中庭で沐浴をする人物が居た。
「いや、これはその……」
「立花ちゃん、隠れて!」
「問題ない」
彼はこの施設で暮らす唯一の男性であり、共用の浴場を面倒がって屋外で沐浴を済ませるのが日課になっていた。
「ほんと、立花ちゃんは堂々と見ようとするよね」
「助手は、気にしない」
「それは、そうかもだけど……」
そして『その光景を見に集まる』事は、女性らの日課になっていた。
「はわわっ、あんなところまで!?」
「イリーナちゃん、もしかして足フェチ?」
「いえ、そんなつもりは!?」
「なるほどね」
敷地内とは言え屋外なので、彼は最低限の肌着は着用している。着用した状態で、ブラシを使い、順番に体を洗っていく。彼女らにとってソレは刺激的であり、背徳的な光景であった。
「鏡花は尻派」
「ぐっ。そういう立花ちゃんは鎖骨派だよね」
「血管も、いい」
「うぅ、ご主人様、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
*
「悪い、なんか用事だったか?」
「ひえ、これはその!?」
「問題ない」
「ご、ご主人様、ここに居たんですね!」
「あ、あぁ」
この3人、毎回、俺がシャワーを浴び終わるのを待っている。まぁ、時間があれば人に会ったり、ダンジョンに籠ったりしているので、用件を伝えるならこのタイミングがベストなのだろう。
実際今日もルリエスさんに会っていたので、イリーナとすら別行動だったほどだ。つか、もしかして俺って働きすぎなのか? 確かに休みは無いし、1日の3分の2はダンジョンに居るが……。
「そ、そう言えば、用事はよかったの? 1人で、出かけていたみたいだけど」
「いや、まぁ……」
つい言い淀んでしまう。
根拠の無い憶測だが、CとDは多分かなりグレーな金策を行っているはずだ。これが日本なら『アイツらも馬鹿じゃないので上手くやるだろう』と他人事として楽観視出来るし、実際、日本に居た頃は、クラスでも外でも、本性を隠して上手い事やっていた。しかし、この世界で日本の常識は通用しない。
最悪の場合、次の犠牲者はあの2人になるだろう。
「え? もしかして、女の人だったの……」
「それは…………まぁ」
「うぅ、そうだよね」
「キョウカ様、多分、そういう話では無いかと」
「「はい?」」
「…………」
そんなやり取りを見て、『すでに用件は済んだ』とばかりに、博士がこの場を去ろうとする。
「あぁそうだ。博士、ちょっといいか? それと、先生も」
「私も?」
「えっと、私は席を外した方が……」
気を使うイリーナ。俺的には全く問題無いが、ここは念のため3人だけで話す事にする。
*
「それで、どうしたの恭弥君。もしかして、私の事、名前で呼んで……」
「いや、2人はどうするつもりなのかなって」
「??」
「うぅ…………名前」
「地球に帰るつもり、あるのかなって」
俺は帰還反対派であるものの、10億は集めるつもりだ。これは『あと腐れの無い終わり』の為に必要な事であり、それによって俺は、本当の意味で心置きなくこの異世界を満喫できる。
「私は、出来れば帰りたいけど、その…………立場的に、ちょっと揺らいでる、かな?」
先生は帰還すれば、間違いなく非難を浴びるだろう。唯一の成人女性、しかも補助とは言え担任の立場だ。不可抗力であっても『生徒を死なせてしまった』事は、到底、水に流せるものではない。
「まぁ、先生の場合は厳しいでしょうね。とくに、その後の生活が」
「間違いなく、"クビ"だよね」
「それで、博士はどうするんだ?」
「不可能」
「そうか」
「え?」
やはり博士は、俺と同じ結論に至っているようだ。10億を稼ぐことは、時間さえあれば達成可能であり、実際、過去に召喚された勇者は何組か帰還している様だ。しかし……。
「俺の予想では、少なくとも先生がクビになる事は無いですよ」
「え、そうなの??」
「もし、時間経過や記憶を持ちかえれるなら、とっくに異世界の存在は周知されているはずじゃないですか」
「あぁ、その話ね」
先生もその可能性は考えていたのだろう。そう、10億を集めて帰還しても、"そのまま"帰る事は出来ない。とりあえずあり得るパターンは3つだ。
①、帰還できるなんて嘘。魔法で適当なところに飛ばして終わり。当然飛ばされた人は高確率で死ぬ。
②、全てリセットされる。記憶などは全て初期状態に戻され、何事もなかったかのように退屈な日常が再スタートする。
③、帰った世界は個別に変容する。難しい話になるが、俺たちが"異世界の要素"を持ち帰る事により、世界線が分裂して、分裂した世界は変容ないし消滅してしまう。つまり、異世界からの帰還者が居ないのではなく、帰還した世界が『その都度、分離している』のだ。
「ただの"コピー"だと、思っている」
「その可能性もあるな」
異世界人を呼び寄せる魔法は、この世界の人から見ても異質で、詳しい原理は解明されていないそうだ。機械ほどでは無いが、魔法も術式さえ知っていれば、その原理は理解していなくても行使できてしまう。
そして、異世界転移の正体は『ただのコピー』であり、召喚元の俺は、今もなお退屈な日常を継続している。
「でも、それって結局、憶測でしかないよね? 最後は、誰が何を信じるか、って感じで」
「そうですね。蓋を開けないと分からないし、結果も開けた本人しか分からない。だから、決めるのは自由ですし、止もしません。むしろ、応援します」
そう、箱の中の猫と同じで、たとえ帰還者が全員『壁の中に飛ばされて即死』みたいな状況になろうとも、残った俺には分からない事であり、俺が『元の世界で上手い事やっている』と思えば、それで終わりなのだ。
「研究はココでもできる。後の事は、助手に任せる」
「私は…………"保留"でお願いします」
そんなこんなで月日は、アッと言う間に流れた。
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