#044 ミランダ

「すいません。その…………キョーヤ様ですよね!?」


 食事を終えてウチに帰る途中、奴隷と思しき女性に声をかけられた。


「え、まぁ、そうですけど」

「よかった。私の名前は"ミランダ"です。実は私、ニーラレイバ様に買われた奴隷なのですが……」

「へぇ、そうですか」


 思いつめた表情で俺の手を取るミランダ。


「お願いです! 私を助けてください!!」

「え、いや……」

「無理やり関係を迫られて。その、私は性奴隷では無いので、断っているのですが…………奴隷商は貴族の味方で。私、このままでは!?」


 何と言うか、ベタな展開だ。アニメの主人公なら間違いなく助ける局面だが……。


「えっと、迷惑なんで帰ってもらっていいですか?」

「えっ? いや、その、私、本当に危険な状態なんです!」

「ご主人様、それは流石に……」

「ぐしし、オレはボスに賛成かな?」


 呆れるイリーナに対し、納得の表情のルビー。野生の勘と言うべきか、ミラなんとかの不自然さに気がついたようだ。


「えっと、事情は分かりませんが、ニラレバ様に宜しくお伝えください」


 まず、勇者への用事もないのに『指輪を貸しあたえられている』のが不自然だし、初対面の俺を頼る意味も分からない。それこそ、奴隷制度に反対しているクラスメイトを訪ねればいい話なのだ。


「話を聞いてください! 私は……」

「見苦しいですよ、ミランダ。下がりなさい」

「まって、まだこれから!!」

「下がりなさい」

「ぐっ……」


 渋々下がるミラナントカに替わって、別の女性が出てきた。こちらは首輪無しのメイド。確証は無いが、正規の使用人、それもそこそこ地位の高い人なのだと思われる。


「大変失礼しましたキョーヤ様、私はニーラレイバ様に使えている"メイド隊"の1人、ルリエスと申します。今後何かありましたら私が出向く事になりましたので、お見知りおきを」

「これはご丁寧に、どうも」


 落ち着いた声で語り掛けるルリエスさん。しかしその物腰に隙は無く、強者の風格を感じる…………気がする。なんとなく。


「つきましては"招待状"をお持ちしました」

「もしかして、さっきのに引っかかったら……」

「ご想像の通りかと」


 ぼんやり肯定するルリエスさん。やはりさっきのはちょっとした試験だったようだ。


 確かに、奴隷の権利は法律で守られている。しかし貴族にも特権があり、多少のグレーな行為は全て肯定されてしまう。そこに善や悪は無く、この国がそのルールの上に成り立っている、それだけの話なのだ。


 ついでに言えば、ミラナントカも『最初から関係を迫られる事は予想できたよね?』って話。ニラレバ丼は普段から数名の女奴隷をハベらせており、女好きや貴族である事を隠す素振りは無い。この世界の常識に疎い勇者ならまだしも、この世界の住人なら、むしろ『奉仕と引き換えに良い生活ができる』くらいの強かな発想は持っていたはずだ。


「それで、招待とは、もしかして奴隷オークションですか?」

「はい、キョーヤ様には、ニーラレイバ様の知人と言う事でオークションに参加してもらいます」

「それだと、拒否権が無いように聞こえるんですけど……」

「ご想像にお任せします」


 そもそも、ニラレバ丼的に『拒否OK』だったとしても、そこを承諾させなければルリエスさんの汚点になってしまう。つか、これがゲームだったら、承諾しなければ話が進まないパターンだ。気になるところはあるが、今回は『虎穴に入らずんば虎子を得ず』な状況なのだと割り切る事にする。





「ご主人様、あそこ。勇者の方とミランダさんじゃありませんか?」

「ん? あぁ、確かに」


 あれからしばらくして、キャンプ地でミラナントカと…………鼠使い? と思しき人影が目にとまる。


「その、何と言ったらいいか、ちょっと心配です」

「ん~、そんな雰囲気はしないけどな~」


 組み合わせとしては怪しすぎるが、気になる反面、関わりたくない気持ちも大きい。


「確かに、良い雰囲気ですね。まるで、その……」

「恋仲みたいだな」

「うぅ、そ、そうですね」


 恥ずかしがるイリーナはさて置き、確かに2人の雰囲気は悪くない。だからこその"不安"であり、断っていなかった場合の俺の末路がソコにある。


「ルリエスさ~ん、居るんですよね~」

「…………」


 とりあえずダメもとで声をかけてみる。


 何と言ったらいいか、先日の時もルリエスさんの気配は全く探れなかった。多分、索敵スキルに対するカウンタースキルを習得しているのだと思うが、こういったヤバ味のある対人スキルを習得している人は身近に居ないので、出来る事なら教わりたい。凄く。


「ご主人様、2人が戻ってきます」

「おっと、隠れるぞ!」

「はい!」

「おぉ!」


 屋台で買い物を済ませ、もと来た道を戻る2人。はからずしも2人の会話が耳に入ってしまう。まぁ、全力で聴力をブーストしているが、そこは大目に見てほしい。


「……ず、キミを"解放"してみせるから!」

「焦らないでください。…………代金を肩代わりしてもらえるだけでも、私はツイていました。それに、…………アナタと……」


 雑音も相まって上手く聞き取れないが、これ以上は踏み込まない。少なくとも『お目付け役がいる可能性がある』場面で出しゃばるのはハイリスクだ。


「肩代わりですか、手持ちが足らなかったのでしょうか?」

「いや、多分…………いや、何でもない。そろそろ帰ろうか」

「「??」」


 何となく話が見えてきた。ニラレバ丼が買い漁った奴隷の行き先。多分それは、他の誰かに"奴隷解放金"を払わせる形での円満開放なのだろう。


 奴隷は、奴隷として働く最中でも解放金を払えば解放してもらえる。その金額は、残りの奴隷期間に応じて減少していくが、初期値は購入金額の5倍ほどになる。本来は、早期解放をチラつかせて意欲的に働かせるための制度だが…………


 中には、娼館に解放金を払って娼婦を買い取るパターンも存在する。ザックリ噛み砕いて言えば『気に入った娼婦は100万くらいで嫁に出来る』のだ。ミラナントカは、まだ若いのでほぼ満額とられるだろうが、ギフト持ちの勇者なら1年程度で用意できるだろう。


 そしてその間、鼠使いは必至で働く。そう、恋人の為なら、思春期の少年は何だってできるのだ。たとえそれが、美人局だったとしても。




 そんなこんなで俺は、積立金の返済を放棄していそうな鼠使いの背中を見送った。

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