#041 リンデ

「お待たせしました!」

「あいよ! 状態も良さそうだし、これは腕がなるね~」


 冒険者ギルドの裏手に、生け捕りにしたウルフを運び込む。


「凄いですね。見る見るうちに解体されていきます」

「すっげ~、ぜんぜん血がでね~のな」


 ウルフにトドメを刺し、慣れた手つきで皮を剥ぎ取っていくのは、この度ギルドに着任した"解体師"の"リンデ"さん。彼女はミズガルズレザー協会の職員なのだが、技術協力を兼ねて冒険者ギルドに出向してきたそうだ。


「魔物の解体は時間との勝負だ。こうやって体内の魔力が逃げないよう、外から魔力を加えながら解体していくんだ。今回は食用じゃないが、肉の味だって全然違うんだよ!」

「へぇ~、ちょっと食わせてくれよ」

「ルビー、邪魔しちゃ悪いから、ちょっと黙ってろ」

「おう!」


 魔物は死亡すると、体内の魔力が放出され、驚くほど速く朽ち始める。もちろん、魔力依存度の低い魔物も多いので一概には言えないが、『最高品質の素材を摘出するには技術者と設備が必要』になる。


 そんな訳で俺たちは、指名依頼を受け『ウルフを生きたまま、毛皮にも傷をつけず』にギルドに運び込む事となった。


「よし、こんなところかね」

「…………」

「ルビーさん、もう、喋ってもいいと思いますよ」

「ほんとか!?」

「いや、まぁ、いいけど」

「はははっ! 面白いね、アンタタチ」


 煩いのでこのままでも良かったが、ルビーは気になったことを直ぐに質問するので、気が引けて積極的になれない俺的には、助かる部分もある。


「その肉、捨てちゃうのか?」

「あぁ、骨や肉は一応、形が残っていても捨てる規則になっているのさ。一見普通に見えるが、中身はスカスカで、食えたもんじゃないし……」


 今回は毛皮が目的であり、そこに魔力をかけて解体した。本来は、どの部位が残るかはランダムであり、そこに魔法で介入する事により確率を操作しているのだ。しかしその反動で、たとえドロップしても強制的に状態は"最悪"になってしまう。


 加えて、例えばタートルから『水の属性結晶を確定ドロップさせる』みたいな使い方は出来ない。あくまで、魔力依存度の低い魔物の"外側付近の部位"を高確率で採取するための技術、らしい。


「必要が無いなら、雑食の魔物の肉を食うのはやめろ」

「オレは、"そういうの"気にしないけどな」


 時折魔物から、本来ドロップするはずのないモノがドロップする事がある。これは、たまたま『胃袋に入っていた』事が原因であり、つまりは魔物に負けた"誰か"が食われた訳だ。もちろん、背に腹は代えられない状態なら食うしかないが、それでも内蔵系は廃棄するよう定められている。


「私は、出来れば関係のない部位でも、ちょっと遠慮したいです」

「まぁ、ユグドラシルここなら余ほどの事が無い限りキャンプ地に帰ってこられるから、避けるに越した事は無いな」

「まぁ、どうしても食いたいなら草食の魔物を持ってきな」

「よし、ボス!」

「いや、まぁ俺も興味はあるが…………今は依頼が優先だ」


 因みにウルフの解体は、あと4体必要だ。しかも生け捕りなので、一体ずつ運び込む必要がある。


「まぁ、急ぐ事は無いけどね。つか、確り休みなよ! 飄々としているけど、ウルフの生け捕りは危険なクエストなんだ」


 俺は、格闘スキルや魔法が使えるので何とかなっているが、本来、ウルフを無傷で捕らえるのは至難の業。当然ながら剣は使えないし、鈍器や檻も毛皮を傷つけてしまうのでNGとなる。


 因みに、ゲームのように相手を一瞬で眠らせる魔法は無いので、水魔法で溺れさせる戦法が一般的らしい。


「その、あまり休みすぎても感覚が鈍るのですが……」

「それじゃあ、折角だから解体スキルについて、少し教えてやろう」

「是非!」


 まぁ、覚えたところで解体スキルは設備とセットであり、現地で使っても"最高品質"は出せない。加えて他のドロップが渋くなるデメリットは痛いところ。


 しかし、それとこれとは話が別。俺にとっては重要なのはコンプ欲求を満たす事であり『役に立つか』は問題ではない。




「まぁ、基本はこんな所かね」

「なかなか奥が深いスキルですね」

「本音を言えば解体スキルは、初心者冒険者の必須技能に推薦したいくらいだけど…………実際のところ、狩場で悠長に解体するのは危険だ。特に、血の匂いに敏感な魔物がいる場所ではね」

「そうですね」


 自然ドロップなら、残ったものを拾うだけで済む。もちろん、魔力依存度の関係で多少手間のかかるドロップもあるが、それでも本格的な解体に比べれば、手間も時間もかからない。今回のように、皮系のドロップが必須な状況でもない限りは、実用性は無いに等しいだろう。


「まぁ今は、鮮度を保ってくれる"便利なカート"もあるんだ。値は張るが、そう言うものを活用した方が、よっぽど利益につながるよ」

「そうですね……」


 その便利なカートとは、一言で言えば移動式冷蔵庫だ。一応、存在は知っていたが、安いモノでも数十万と高価で、今まで手が出せずにいた。あれば食材系ドロップを集めるのに活用できる。


 ちょうど大型カートの購入を検討していたところなので、そっちも候補に加えておくのもいいかもしれない。まぁ、流石にそこまでの余裕は無いのだが…………あくまで皮算用。宝くじなどもそうだが、考えているだけでも結構楽しいものだ。




 そんなこんなで俺は、『ウルフの生け捕りクエスト』をこなしつつ、捕らぬ狸の皮算用に精を出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る