#040 ニーラレイバ・レ・パルトドン

「な~、ボス~」

「どうした、ルビー」

「オレもアレ、つけた方がよくないか?」

「アレってなんだよ?」

「ほら、首につけてるヤツ」


 今日も今日とて狩りを終えてキャンプ地に戻ると、何やらルビーが物欲しそうな目を向けてきた。


「えっと、奴隷の首輪コレの事ですか? これは奴隷の証明なので、ルビーさんには不要かと」

「でも、母ちゃんも似たようなの付けてたぞ?」


 ルビーの母親が奴隷って事は無いはず。一応、首輪をしている獣人はそれなりに見かけるので、種族由来の志向なのだろう。


「そう言えば、時々イリーナを羨ましそうに見ていたの、もしかして首輪が欲しかったのか?」

「いや、それは、その…………オレなんかが、……」


 一応ルビーは猫系なのだが、一人で出歩いたりはしない。俺の事も"ボス"と呼んでいるので、集団意識の強い血筋なのか、あるいは単純に『母親への憧れ』なのかもしれない。


「別に、欲しいなら買ってやるぞ?」

「え? いいのか!!?」

「首輪に限った話じゃないが、イリーナも欲しいものがあれば言えよ」

「いえ、私は……」


 渋い顔をするイリーナ。まぁイリーナは『意識高い系奴隷』であり、本来の奴隷は『我儘を言うと主人や奴隷商から注意を受ける』そうだ。


「まぁいいや。それで、どれにするんだ? 高くなければ、何でもいいぞ」


 キャンプ地では、商人系の冒険者が作ったアクセサリーなども売られている。個人的にお洒落でゴテゴテ身に着けるのは苦手だが、中には魔法素材を用いた"実用"アクセサリーも売られているのでバカには出来ない。


「え~、ボスが選んでくれるんじゃないのかよ?」

「好みとかあるだろ? 悪いが俺には、獣人の"センス"は分からないぞ」

「ハハッ! 安心しろ、オレも分からん!!」

「むぅ……」


 仕方なく露店を物色する。パンクなものから無骨な金属のものまで幅広く売られているが…………ちょうど鈴っぽいワンポイントがついた赤い首輪があったので、コレにする。


「これでどうだ?」

「おっ! いいなそれ、つけてつけて!!」

「いや、自分でつけろよ」

「つーけーて!!」

「へいへい。じゃあ、コレで」


 まぁ、気に入ってくれたならそれでいい。早速、首輪を購入してルビーにつけてやる。


「えへへ~、これでオレも、ボスの群れの一員だな!」

「「あぁ……」」


 流れで完全に"正規"メンバーとして扱っていたが、そう言えば試験採用中だった。もちろん『首輪の着用が義務』なんて条件は無いが、ルビー的には母親もつけていた"一人前の証"みたいな感覚なのだろう。


「まぁ、なんだ。これからも宜しく」

「わ、私も、よろしくお願いします!」

「おうっ! 任せろ!!」


 ルビーは戦闘スタイルだけでなく、中層に詳しかったり、鼻や耳が利いたりする。バカなのは玉に瑕だが、本能的に判断している部分が強いのか、致命的なヤラかしは見られない。言っては何だが"掘出し者"なのは間違いない。


「失礼します。キョーヤ様とお見受けします」

「え? はい、そうですけど」


 そうこうしていると、突然"奴隷"に話しかけられた。いや、身なりは間違いなく奴隷なのだが、伝心の指輪を装備しているのには、驚きと不安が拭えない。





「いや~、悪かったね、突然呼び止めちゃって」

「いえ、コチラこそお会いできて光栄です」


 2人を先に帰らせ、やってきたのは奴隷商のやたら豪華な部屋。まず間違いなくVIPルームだと思われる。


「いや~、キミとは前々から話がしたかったんだよ。あ、よかったら好きなドリンクものを頼んでいいよ。ココでは全てタダだから」

「ありがとうございます」


 この男は、ユグドラシルダンジョンに住み着く唯一の"貴族"。本来貴族は、軍関係や文官などの"権威"ある職につかなければならないのだが、"なぜか"コイツは何食わぬ顔で冒険者をやっている。


 えっと、名前は何だったっけ? たしか、ニラレバだかレバニラ丼みたいな名前だったはずだ。


「あ、そうだ、シルバーランクに昇格したんだって? 最速記録更新も合わせて、おめでとう!」

「その、身に余るお言葉です」


 そういえば俺は、ユグドラシルにおけるシルバー昇格の最速記録を更新していたらしい。まぁ俺の場合は、活動域を上の階層に押し上げたいギルドの意向の結果なので、あまり嬉しい話でもないのだが。


「あはは、言葉遣いは無理に取り繕う必要は無いよ。どうせボクは、軍や書類仕事が嫌で逃げ出した放浪貴族だからね」

「はぁ……」


 本人はそう言っているが、ニラレバには様々な噂があり、そこまで楽観視していい相手ではないそうだ。その辺俺も詳しくは無いのだが、とりあえず『絶対に喧嘩を売ってはいけない人物』として様々な人から注意を受けたくらいにはヤバい人物だ。


「いや本当に、今日は挨拶だけだから。そんなに警戒しないでおくれよ。同じ、"奴隷使い"の仲じゃないか」

「そう、ですね」


 ニラレバの戦闘スタイルは奴隷使い。自身は指示に専念し、戦闘は買った奴隷に委ねる。当然ながら財力ありきであり、ユグドラシルに他に奴隷使いは存在しない。


「あぁ、そうだった。ごめんね、ボク、女性に目が無くてね。なかなかお目当ての女奴隷が買えなくて、苦労してるでしょ?」

「そう…………と言えばそうですけど、幸いなことに欲している女性の趣向が違うようで、何とかなっています」


 頭をフル回転させて最適な言葉を探す。


 別に俺は、女性を物扱いするつもりは無いが、それとは別に"奴隷との冒険"に憧れがある。しかし、そんな拘りなど他人から見ればどうでもいい話。俺は自分の"志向"を否定できないが、だからこそ他人の志向を否定しない。


「あぁ~、たしかに。趣味が被らないのはいいね。特に"オークション"の時には」

「そうですね。もし機会があれば、お手柔らかに」


 オークションとは、奴隷商で定期的に開かれている奴隷オークションの事だろう。オークションは、奴隷商が優待客限定で開催しているイベントなので、俺は呼ばれていないが…………これを機に呼ばれるかもしれない。




 そんなこんなでニラレバとの話は、本当に世間話だけでアッサリ解放された。

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