#037 ルビー①

「お前がトレント殺しか!?」

「違います」


 昼、マジックポットの補充に戻ると、猫系のガキが仁王立ちで待ち構えていた。


「おい、違うってよ」

「えっと、間違ってはいないんですけど……」


 見るからに"バカ"そうな客の応対に苦戦するベールさん。


「えっと、トレント殺しって、もしかしてご主人様の事なのでは?」

「そうなのか?」

「はい。どうも一部では、素手でトレントを殴り倒す勇者として、名が轟いているそうです」

「あぁ~、それなら俺で間違いないですね」


 素振りをしている冒険者はそれなりに見かけるが、トレント相手にスパーリングをするヤツは他に見た事が無い。そもそも魔物に肉薄する拳闘士スタイルは、リスキーなので推奨すらされていない。


「もしかして、拳闘士志望の方でしょうか? 剣も持っていないようですし」

「違うぞ! 伝心の指輪これを買うために売ったんだ! それより、トレント殺し! オレをお前の"群れ"に入れてくれ!!」


 冒険者は基本的にバカだが、ここまで吹っ切れたヤツは他に……。ん?


「お前、もしかして"子連れ獅子"の子供の方か?」

「オレは"もう"! 子供じゃないぞ!!」


 子連れ獅子とは、中層で活動しているベテランパーティーの異名だ。詳しくは知らないが、子供が出来て一度は引退したものの、街での生活に馴染めず子供を連れてダンジョンに戻って来たとか。


 そう言えば中層で何度か見かけた気がするが(人の顔を直視できないので)正直よく分からない。


「えっと、私はイリーナです。まずお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」

「ん? オレは"ルビー"だ!」

「…………(目が綺麗な赤だからルビーか、わかりやすいな)」

「ルビーさん。群れと言いましたが、ご両親はどうしたのでしょう?」

「ん? 父ちゃんと母ちゃんなら、もう居ないぞ!!」

「えっ、それって……」


 いきなり重い展開だが、冒険者に"命の保証"は存在しない。子供連れでも何でも、死ぬときは死ぬのだ。


「トレント殺しは、低階層の稼ぎ頭なんだろ? 頼む、オレをお前の群れに入れてくれ!!」

「ところで、その稼ぎ頭がどうとかって話、誰に聞いたんだ?」

「ん? (冒険者)ギルドの姉ちゃんだけど??」

「「…………」」


 一同に同じ人物の顔がよぎる。


「まぁ、いいや。それで、お前は"仇討ち"でもしたいのか?」

「ん? 何の話だ??」

「「あれ??」」





「……ですから、ルビーさんはお一人でダンジョンに残ったんですよ」


 あのままでは埒が明かないので、キラーパスに定評のあるノルンねえちゃんに事情を聞く事にした。


「とりあえず、ご両親が存命なようで、安心しました」


 話を聞けば、どうやらルビーの両親は死んでいないらしい。しかし、上層開放クエストに参加した際に重傷を負って、引退する運びとなった。幸いなことに、近隣の村にツテがあったらしく、そこで冒険者向けの居酒屋を営んでいく予定なのだが…………治療のために非常に高価な回復薬を使ってしまい、貯金はゼロ。しかも、足を失っているので冒険者も続けられないと来ている。


 そこで白羽の矢がたったのが、難易度の低い下層でも安定して稼いでいる"俺"って訳だ。


「ご主人様……」


 イリーナが、まるで『捨て猫を拾ってきた少女』のような眼を向けてくる。イリーナほど過酷では無いがルビーも似た境遇であり、ここで見捨てると破産して奴隷落ちする危険もある。


「いや、まぁ、試験期間は設けさせてもらうが、それでいいなら。……ところで、なんで俺なんだ? ほかに行く当てくらい、あっただろ??」


 子連れ獅子は"大ベテラン"であり、信頼できる"ツテ"はそれなりにあったはず。そんな人たちを差し置いて(ノルンさんの助言があったとはいえ)面識の無い俺のところを、あえて選ぶ理由が無い。


「ん? 居なかったぞ!」

「居ない?」

「父ちゃんが言ってたんだ! パーティーを組むなら、剣が使えて、素手でも強くて、オマケに魔法も使えて、あとなんだっけ? そうだ、金も持ってて、まわりのヤツから慕われているヤツにしろって! 上の階にはそんなヤツ、いなかったぞ!!」

「あぁ、当てはまっていますね。そこまで万能な人は、ご主人様以外居ないと思います」

「いや、俺は……」


 俺は完全無欠の器用貧乏であり、友達の居ないボッチだ。


 とは言え、ルビーは意欲旺盛な若者であり、俺としても引き取る事に異論は無い。まぁ、戦力になるかは未知数だが、ならなくても素材集めや工房での手伝いの仕事もある。それこそ"猫の手も借りたい"くらいには忙しいのだ。


「それでは、決まりですね」

「よかったですねルビーさん、これで今日からキョーヤさんの仲間ですよ」

「おっ、そうなのか? それじゃあ、よろしくな。ボス!!」


 若干バカなのは気になるが、なんなら先生の話し相手にしてもいい。とりあえず引き取って、しばらく様子を見よう。


「今はまだ、"仮"だけどな。ところで…………ルビーおまえ、女だよな?」

「っ!?」

「ははっ! 流石はボスだな。母ちゃんが言ってたんだ! 女一人は危険だから、男のフリをしろって!!」


 ルビーは言動こそ男っぽいが、顔立ちは無茶苦茶可愛いし、腰のラインは完全に少女のソレだ。むしろ、ボーイッシュな猫耳少女とか、需要が高すぎる。


「え? 本当なんですか??」

「ん? 本当だぞ! ホレ!!」

「!!?」


 そう言ってルビーは、イリーナの手をつかんで股間を触らせる。胸は…………残念ながら判断がつかない。


「ま、まぁ、とりあえず引き取って、様子を見よう」

「うぅ……」


 複雑な表情を浮かべるイリーナ。ルビーの体格はイリーナと同じであり、気づいたうえで言っているのだと思っていたが、どうやらそうでもなかったようだ。



 そんなこんなで、ボーイッシュな猫系半獣人のルビーが、仲間(仮)に加わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る