#036 横領事件

「お、いたいた。ち~っす!」

「ありがとね。アンタのおかげで、悟志の事、なんとかなったよ」

「30万くらい、お前たちなら何とかなったんじゃないか?」


 夕方、俺はプレイヤーズのAとBに会っていた。相変わらず2人だけなので、俺が渡した10万や情報料の話は2人で独占しているのだと思われる。


「ん~、流石に1日で30万は、厳しいかな~」

「だけど、美穂っち、すごく落ち込んでいたよ。そういうとこ、アンタラ、ほんと不器用だよね」

「それは…………そうだな」


 俺に協調性が無いのは事実であり、美穂に直接の罪が無いのも事実だ。しかし、どうにも俺たちは昔から巡りあわせが悪い。


「それでさ、やっぱり悟志は積立金を横領していたのは、事実っぽいよ」

「もともとは鏡花ちゃんたちと協力して管理していたけど、監視の目が減って、手を付けちゃったみたいね」

「保管庫は、見える部分だけ本物のお金で、あとはニセモノだったんだよね。多分、そのうち稼いで返すつもりは、あったんじゃない?」

「そうか」


 理解はできないが、典型的なギャンブラーの発想だ。


「それで、今日のお小遣いは? アタシ、買いたい服があるんだよね~」

「舐めているのか? こんな情報に金なんて払えるわけないだろ」

「えぇ~、恭弥のケチ~。それとも、マジで金欠なわけ?」


 ケタケタと笑うA。本人も、見込み薄な情報である事は理解していたのだろう。


「俺が知りたいのは、誰が"そそのかした"かだ。そうでないと、また同じ事を繰り返すぞ」


 ハッキリ言ってしまえば、今回の黒幕はこの場に居ないCとDだと見ている。


 あれから、俺は改めて癒しの園や、中層の遊郭を確認して回った。それを踏まえて考えると今回の事件は腑に落ちないところが多すぎる。癒しの園やその周辺の店は、見るからに"高そう"で、通りに入るのにも躊躇してしまう。


 酒が飲みたいだけなら屋台でも取り扱っているし、なんなら風俗店も存在するので異性が目的なら真っすぐソコに行けば済む。そんな中で、あえて高級酒店に出入りするには、"きっかけ"を作る人物が必要になる。


「さぁ~、どうだろうね~。悟志が、もとからそういうのに興味があっただけの可能性も、あるよね?」

「可能性なら、どちらも"ある"な」


 完全な憶測なのだが、黒幕の目的は『鼠使いを陥れる事では無い』と見ている。今回、ボッタクられたせいで大事になってしまったが、それさえなければ問題が明るみに出る事は無かったはずだ。


「恭弥は、どう思っているの? 今回の真相を」

「黒幕はバカに横領をさせることで、"自分の"横領を隠していたんじゃないのか?」


 そう、鼠使いがわざわざ使い込んだ金額を記録に残しておく訳がない。だから問題が起これば、その全損害が鼠使いの責任となる。横領していたバカが"まだ"居たとしても、だ。


「ハハッ! 恭弥は、面白いこと考えるね」

「それが本当なら、真犯人は絞られるね」


 それこそ黒幕は、自分の横領を鼠使いに返済させるつもりだったのかもしれない。計算して他者の横領に気づいたとしても、鼠使いは黒幕を犯人として指摘できない。そんな事をすれば、自分の横領がバラされてしまうし、最悪、全額自分の責任として晒し上げられてしまう危険もあるからだ。


「本当に黒幕が居れば、そうなるな」

「「…………」」


 『誰が?』とは言わない。俺には分からないが、2人はすでに真犯人の予測がついたはず。


 もちろん、Aが言う通り最初から真犯人も裏も無い、ただの思い過ごしなのかもしれない。無いなら、それで充分だ。


「悪いが俺は、探偵でも無ければ警察でも無い。あくまで、問題を起こすのを止めてほしいだけだ」

「後の事は、ワタシラに任せるって言うの?」

「必要だと思ったら勝手にしてくれ。俺には、どうしようもない事だ」

「それは、まぁ……」


 真犯人が誰かとか、ハメられた鼠使いの復讐なんて、興味の無い話。俺に無関係なところで問題が起きる分には全く気にならない。それこそ、クラスが分裂して争う結果になろうとも。


「じゃあ、そういうことで」

「「…………」」


 それだけ言って、その場を後にする。


 その後ノルンさんから聞いた話によると、どうやら鼠使いはしばらく引き籠っていたそうだが…………流石に寮にも居場所が無く、しばらくして『金は必ず返す』と言って寮を出たそうだ。


 当然ながら、彼のあとを追う仲間は居ない。俺を訪ねる事もしない。1人で、素人が中層に挑むのだ。もちろん、火事場に飛び込むことで掛け替えのない仲間に出会える可能性もあるが…………"2人目"になる可能性の方が高いと見ている。


 まぁ、俺にはどうでもいい話だが…………できれば知り合いの"涙"は、もう見たくない。




 こうして一連の事件は、ひとまずの決着をみた。

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