#032 アルケミスト

「えっと、なんで室内でキャンプファイヤーしてるんだ?」

「これを試していた」

「あぁ、錬金術か」


 今日もノルマをこなして工房に戻ると、何やら博士が火遊びをしていた。って言うのは半分冗談で、博士は錬金術師が使う消費アイテムの研究をしており、この火柱はその燃焼実験の産物であろう。


「すごい火力ですね。これなら、中級の攻撃魔法くらいの破壊力が出ているんじゃないでしょうか?」

「でも、一発撃つたびに4000程お財布からお金が消えてしまうんだよな」

「うっ、それは……」


 ファイヤーポット:燃焼系の素材を調合して作る消費型マジックアイテム。使用すると一定時間火属性の継続ダメージが発生する。


「まぁ魔力を殆ど消費しない利点は大きいから、ハイリターンな相手にはいいかもな」


 例えばコレをウルフやトレントに使っていては、ドロップごと燃やしてしまうので大赤字。一応、魔石や魔結晶は燃え残ってくれるはずだが、そもそもそこまでするほどの相手ではない。使うとすれば、物理攻撃に耐性のある無機物系か、緊急時の"奥の手"として携帯しておくくらいだろう。


「助手はまだまだ」

「あぁ、うん。博士は凄いですね~」

「そう、もっと褒めろ」


 待ってましたとばかりにドヤる博士。面倒だが、ここは博士の頭脳を信じ、適当に合わせておく。もし使えなかったら、お仕置きしてやろう。


「つまり、コスパの悪さを解消する"秘策"があるのか?」

「その通り、読め」



 そう言って、またしても難解なメモが押し付けられる。まぁ、細かい理論などを理解する必要はないので俺でもなんとか読めるが……。

①、ファイヤーポットの代金は、売価であって制作コストではない。


②、ファイヤーポットの構造は、容器・燃料・着火術式の3つであり、保存を考えないなら容器や燃料を調整する事でコストカットが見込める。


③、着火術式はマジックスクロールを用いた時限発火装置(魔法)であり、多少危険ではあるがスクロールに頼らずとも魔法で着火できる。もちろん、それ前提で作れば更にコストカットできる。


④、燃料は、アルコールや下級の魔物が落とす石炭類などから作られ、それら全てがユグドラシルダンジョンでは安価で入手できる。



「なるほどな。燃料だけなら500ってところか」

「はい」


 そう言って紙に包まれた"球"が手渡される。


「まぁ…………"これ"くらいでイイか」


 球を先ほどの窯に置き、火属性の小規模燃焼魔法・<ファイヤーボール>を放つ。消費魔力や速さを求めるのなら<ファイヤーバレット>が最適なのだが、速射魔法は早すぎて着火には不向き。


 博士は基本、言葉足らずなので、そのあたりの調整は俺のアドリブが求められる。


「わっ、すごいです。ちゃんと火柱があがっていますね!」

「しかし、さっきのより火力が弱いな」

「ふふん」

「あぁ、こほん。博士は凄いな~、可愛いな~(適当)」

「ふんふん! これは粘度の高い樹脂燃料を使っている。瞬間的な火力は低いが、まとわりついて長時間燃える。あと、こっちの方が安い」

「…………」

「粘度が高いのは実戦向きだな。時間差で着火してもいいわけだし」


 流石は博士。これなら実用的で、コスパも許せる範囲に収まる。残念だが、お仕置きは無しにせざるを得ない。


 あと関係無いが、妙にイリーナが不機嫌そうに見えるのは、俺の気のせいだろう。


「よし、折角だからクエストを依頼するか。あぁ、あと容器は長方形で頼む。球形は持ち運びしにくいからな」

「了解」

「あのあの! これならわざわざ依頼しなくても、私なら集められます!!」


 材料を見て、イリーナが名乗りをあげる。確かに素材の殆どが第一・二階層で揃えられるので、気持ちはよくわかる。しかしそれは……。


「いや、集められるからこそ"却下"だ」

「えっ……」

「"捨て値"で買いたたかれている雑多なアイテムは、捨て値で買えばいい。そうすれば、より効率のいい狩りに専念できる」

「うぅ……」

「一応言っておくが、"別行動"で素材集めに行くのも却下だからな」

「ふふふっ。そうですか、ご主人様がそう言うのなら、仕方ないですね」

「??」


 妙に上機嫌なイリーナ。もしかして、はじめから非効率なことを理解したうえで、あえてソレを確かめるために聞いたのだろうか?


 それはともかく、俺は後日、冒険者ギルドに該当素材の収集クエストを依頼した。もちろん、手数料が発生するので多少コスパは悪くなるが…………それでも今まで避けていた『刃の通りの悪い魔物』を効率よく倒せる利点は大きい。


 加えて、クエストが増えれば、他の初心者冒険者の仕事につながり、ランクアップに必要なポイントも稼ぎやすくなる。以前声をかけられた初心者パーティーから音沙汰は無いが…………安易に手を差し伸べるのが『彼らの為にならない』と思っているだけで『助けたい』と思う気持ちに嘘は無い。




 そんなこんなで、俺たちは改良型ファイヤーポットの量産に向けて動き出した。

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