#031 鏡花

「あ、お帰りなさい。キョーヤさん、お客さんが来てますよ」

「え、俺に?」


 狩りを終え工房に帰ると、ベールさんに声をかけられた。しかし、その表情は妙にニヤけており、そこはかとない不安が湧き上がってくる。


「はい、女性の召喚勇者様で…………むふふっ。あっ! イリーナさんはちょっとお願いしたいことがあったんでした」

「え? 私にですか」

「はい。それじゃあキョーヤさん。ごゆっくり~」


 とりあえず博士でないことは確かだが、ここまでベールさんが浮かれる相手は想像できない。何かの勘違いだと思うのだが、結局聞いても『行けば分かる、見てのお楽しみ』の一点張りだった。





「って、なんだ先生か。驚かせないでくださいよ。俺はてっきり……」


 商談用に用意した応接室に入ると、そこに居たのは先生だった。とりあえず、最悪のパターンである美穂でなかった事に安堵する。


「恭弥君! 話があるの!!」


 久しぶりに会った先生の表情は、思い詰めた表情ではあるものの、顔には赤みが宿り回復が見て取れる。あと、僅かに変な臭いがする。


「えっと、ちゃんと聞きますから。それで、どうしたんですか?」


 まぁ、話の内容は2択だろう。先生として勇者寮での活動を続けるか、それともウチに来るか。


「えっとね、私、その…………"先生"を、やめようと思って」

「そうですか。まぁイイんじゃないですか? 俺としては最初からその意見ですし」


 唯一の社会人だったからと言って、学校から離れた今、先生が先生を続ける義務は無い。まぁ、地球の倫理的には責任を求められるだろうが…………この世界基準では全員が"成人"であり、無駄な結束よりも『個別の活躍』が求められている。


「うん、それでね、恭弥君に折り入ってお願いがあるの」

「前にも言いましたけど、俺は別に構わないですよ? 一応、部屋も空けてありますし」

「えっと、そうなんだけど、そうじゃなくて…………。ごめん、ちょっと待ってね!」


 そう言って先生は懐から瓶を取り出し、グイっと一口。


それ、もしかして……」

「え? あぁ、お酒と言えばお酒なんだけど、薬でもあって。クラスの子がくれた"気分を上向きにしてくれる"お薬なの」

「お薬、ですか……」


 なんとなく話が読めてきた。


 中層のキャンプ地では、ベテラン冒険者向けに特殊な"魔法薬"が売っている。薬の力に頼るのはどうかと思ってしまうが…………うつ病の治療にそう言った薬を用いるのと同じで、別に悪い事では無い。誰が勧めたかは知らないが、そのおかげで先生が勇者寮から解放されるのだから、むしろ"ファインプレー"と言ってもいいだろう。


 ただし……。


「その、私も流石にシラフでこんな事、スル自信が無くて。その、恭弥君が良ければなんだけど、私も、恭弥君の……」


 そういって先生は、いっそう頬を赤らめ、襟元のボタンに手をかける。


「先生、質問なんですけど、ココに来る前に、クラスの連中に何か言われました?」

「え、それは、その…………やだ、そんな事!!」


 ベールさんのニヤケっぷりの謎が完全に解けた。


「とりあえず、目を瞑ってもらえますか?」

「あ、そうだよね。やっぱりソッチからだよね。ごめんね、私、経験がな…………ッ!! いったーー!! え!? なに? えぇ??」


 目を閉じ、突き出された先生のオデコに、俺は渾身の"頭突き"をお見舞いする。


「先生、その瓶のラベル、なんて書いてあるか読めますか?」

「え? ごめん、何て書いてあるの??」

「性欲増強!! 朝までギンギンMAX」

「…………」

「「……………………」」

「まじ?」

「マジです」


 この魔法薬は、中層にある娼館や恋人同士の夜の助けに用いられる類の薬だ。つまりベールは『マムシドリンク片手に俺を訪ねてきた同郷の女性を応対した』のだ。そんな状況では、恋人やそれに近い関係だと勘違いするのも当然だろう。


 推測するにクラスの女子は、有る事無い事吹き込み、先生を物理的に吹っ切れさせようとしたのだろう。


「クゥゥゥ…………。……シて、コロ……」

「……………………」


 顔を真っ赤にして泣き出す先生。流石の俺も、哀れ過ぎて掛ける言葉が見つからない。





「はぁ~、私、なんであんなことを…………はぁ~」

「それで、先生はどうですか?」


 その後、先生は解毒薬をガブ飲みして、無事? 元の鬱状態に戻る事が出来た。


「一応、かなり持ち直していますね」


 因みに、先生には丁度いいので試し屋の"店番"を任せた。今はまだベールさんが付き添っているが、ココの仕事は"カカシ"でも充分なので、問題は起こらないだろう。


「食事は?」

「まだ少ないですけど」

「睡眠は?」

「一応、力仕事も任せているので、わりと」

「なるほど。では、この調子でお願いします」


 どうやら、勇者寮での生活よりは遥かにマシのようだ。これなら、あとは時間が解決してくれるだろう。




 こうして先生は、試し屋の店番になった。

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