#030 試し屋②

「紹介する。ベール」

「キョーヤさん、初めまして。"モンベール"と申します。どうぞ、気軽にベールとお呼びください」


 いつものように工房に顔を出すと、そこには魔王様がいた。


「それでは、ベール"様"でよろしいでしょうか?」

「え? いや、あの、普通に呼び捨てで呼んでもらってかまわないのですが……」

「ご主人様、ベールさんが困惑しているので、それくらいにしてあげてください」


 冗談はさて置き、彼女はシルキーさんの部下であり、このたびオープンする試し屋の"店番"をしてくれる事となった、牛系半獣人の方だ。


 半獣人とは、獣人と人族のハーフになるので4分の1が牛って事になる。よって、体はほぼ人族なのだが、そこに見事な"角"が生えているものだから、パッと見はアニメに出てきそうな『勇者と仲良くなっちゃう系の魔王様』だ。


「すいません。なんだか見た目がボスっぽかったので」

「ぼ、ボスですか? いや、それを言うならシルキー様では??」

「むしろ、ボスはイリーナ」

「え? 今度は私ですか??」

「じゃあ、新工房ココのボスはイリーナって事で」

「「…………」」

「それでは、多数決でボスはイリーナになりました」

「もぉ~、ご主人様!!」


 笑いに包まれる工房。


 ここでは、ベールさんや隣接する道具屋の店員を借りる形で、"試し屋"を運営していく。まぁ、事業が黒字化するまでは不定期営業になるので、冒険者ギルドの掲示板や店頭にて、営業日を告知する形になる。


 幸いなことに、業務自体は非常に簡単だ。店頭では商品を販売しないので現金を用意する必要が無く、基本的には接客もしない。各装備には特徴や(出資してくれた)"取扱店"が記載されているので、欲しい人はご自由にどうぞってスタイルになる。


 一応、注文にも対応しており、その場合は『鍛冶師ギルドに発注して隣の道具屋で販売する』形になる。この流れは通常のギルド直営店の販売ルートを利用しているので、普通に利益が発生する。


「それじゃあ早速、陳列しちゃいましょうか」

「それじゃあ、頑張って」

「シルキー様は"書類"がたまっているので、奥の部屋でお願いします」

「ぐっ、ベールは無慈悲」

「はぁ、一段落したら手伝いますので、がんばってください」

「ベール大好き」

「もぉ、調子がいいんですから」


 ベールさんの本来の仕事は、シルキーさんの補佐と、溜め込んだ雑務を消化させるための監視となる。イリーナは、俺が勇者寮にいっている間に顔合わせを済ませており、初対面なのは俺だけだ。


「しかし、すごい量ですね。今日中に終わるのか、ちょっと不安になってきました」

「あぁ、まぁ、ギルドでは日夜見習いの人たちが、作っては溶かし、作っては溶かしを繰り返していますから」


 ダンジョン外にある鍛冶ギルドの本工房では、結構な人数の"見習い"を指導しているそうで、そこからタダ同然で引き取った各種"粗鉄装備"は、なんと馬車5台分。中には完全に使い物にならないものも混じっているので、仕分けも必要になる。


「えっと、廃棄するしかないモノって引き取って貰えるんでしょうか?」

「ダメですね。ぶっちゃけ全部ゴミですから、使えないものはそれらしい"階"に捨ててきてください」


 地球の感覚で言えば"不法投棄"になってしまうのだが、異世界では少し事情が違う。


 魔物は『魔力の影響で生まれる自然現象』であり、そこには環境と魔力、そして『魔力を宿す素材』が必要になる。つまりこれらの粗鉄装備は、関連する魔物が出現する階に捨てる事で"再生"されるのだ。


「鉱物系って、けっこう面倒な階なんですよね」


 その手の魔物が出現するのは36Fや46Fで、道中もなかなか険しく馬車が使えない。一見便利そうに思えるユグドラシルダンジョンだが、そういう儲かりそうな狩場は下手なダンジョンよりも交通の便が悪く、不人気な要因の1つになっている。


「それなら、冒険者ギルドでクエストを発行するのも手ですよ? もちろん、手数料は取られますが」

「あぁ、受けるだけじゃなく、お願いする事も出来るんですよね。すっかり忘れていました」


 頭の片隅で、何かが閃く。まだ形にはなっていないが、これは使えるかもしれない。


「でも、ゴミを捨てるのに手数料を払うのは……。手間ですけど、コツコツ私たちの手で運ぶのがいいと思います」

「そうですね。(鍛冶師)ギルドでは廃棄料を払って処分してもらっていましたが、量が量だけに、頼むとかなりの額になります」

「あぁ、なるほど。ベルンドさんが喜んでいたのって、その為だったんですね。これなら、もう少し無理を言っても、よさそうですね」

「あぁ、まぁ、私からはノーコメントでお願いします」


 あまり副業に力を入れたくは無いのだが、こっちはこっちで面白いのも事実。ハッキリ言って、手が足りない。かと言って店員や奴隷を雇う余裕もないし……。


「まぁとりあえず、出来る事からコツコツとって事で」

「そうですね。頑張っていきましょう!」


 特に宣伝などはしていないが、試し屋は試験的な試みであり、なにより俺が商人として成り上がるつもりがない。基本はスポンサー料頼みで、工房の建設費用が回収できれば充分だ。


 ともあれ、ウチは鍛冶師ギルドの後ろ盾があるので、そうそうコケることは無いだろう。




 こうして無事、試し屋はオープンする運びとなった。

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