#028 ネトゲ理論

「アノ、キョーヤさん、デスヨネ。………………冒険者を……。…………?」

「えっと、すまん。イリーナ、通訳を頼む」

「はい、お任せを」


 工房の完成が待ち遠しいある日。何時ものようにキャンプ地に食事を買いに来たところ、見知らぬ若い冒険者たちに声をかけられた。



 このユグドラシルダンジョンは、俺の目から見ると『一か所で完結している便利な優良狩場』に見えるのだが、どうにも世間の評価は違うようだ。その理由を一言で表すなら『他国にもっと稼げる狩場がある』だが、細かく見ていくと……。


①、キャンプ地が狩場から近く、保安上の問題が危惧される。基本的に魔物は階を移動しないが、魔物が増えすぎると溢れ出ることがあり、過去に何度かキャンプ地が襲われた経緯があるそうだ。


②、得られる素材が供給過多。階に応じて出現する魔物はほぼ決まっており、特別に需要の高い素材をドロップする魔物も少ないため、買い取り額は軒並み相場を割っているそうだ。


③、民家が無く、特別報酬が支給されない。例えば、ゴブリンに襲われる村があれば、ギルドだけでなく村からも追加の報酬が支払われる。それがないココは『稼げない狩場』と思われているそうだ。


④、国外にもっと優良なダンジョンが存在する。最初にも触れたが、国が勇者召喚をしてまでテコ入れしている理由がここにある。


 しかしコレは冒険者から見た話で、国からして見れば魔法素材が安いのは良い事。そして何より、封印されている上層階を解放すれば、更なる利益が期待できる。もちろん、それに伴って難易度は上がり、死者数が増えるだろうが…………それも国からしたら、どうでもいい事だ。



「……。…………?」

「なるほど。ご主人様、要約するとコノ人たちは最近移ってきたパーティーで、色々とアドバイスが欲しいそうです」

「そうか……」

「「オネガイシマス!」」


 なんとなく、見知ったギルド員の顔が頭をよぎったが…………それはさて置き、俺はギルドから"優良冒険者"と評価されているらしい。まぁ確かに、クエストの達成件数が多く、そこから手数料をとっているギルドは儲かるし、何より"危うさ"が少ない。


 職業柄仕方ない部分もあるが、基本的に冒険者は『自分勝手で向こう見ず』だ。そんな彼らを支えるギルドとしては、やはり新人には上層階で幅を利かせているベテランの排他的な雰囲気には染めたく無いのだろう。


「ん~、困ったな。自慢じゃないが俺たちの狩りは人に勧められるような代物じゃない。だろ?」

「ははは、そうですね」

「まぁ取りあえず、選り好みせず、下から順番に簡単なクエストを全て受けろ、っと伝えてくれ。詳細を説明する必要は無い。アドバイスは、それからって事で」

「はい、わかりました。……。…………」


 不親切なアドバイスで申し訳ないが、俺は関わった人を無条件で"信じ"、"助ける"ほどお人好しでは無い。むしろ、そんな絵に描いたような光彦しゅじんこうは逆に信用できない。


「ハイ、ヤッテ…………」


 ここはノルンさんに頼み、あのパーティーが本当にクエストを順番にこなしたかを確認してもらう。もし本当に言いつけを守っていたら、それは"信頼できる"人物として改めて相談にのるのもイイだろう。


 余談だが、俺は昔MMORPGにドハマリした時期がある。そこでも今回のように初心者に声をかけられる機会は何度かあった。まぁ、行きずりの初心者の、レベル上げを手伝ったり、余った装備をプレゼントしたりする事も、ある意味MMOの醍醐味の1つだと思う。


 しかし、現実世界でソレをやるのは危険だ。ゲーム内なら失敗しても、いくらでもやり直しがきくし、なんなら死ぬのも勉強になる程だ。だが現実では、破産すれば奴隷落ちするし、魔物に負ければ死ぬ。結局、コツコツと基礎を積み重ね、石橋を叩いて渡るのが"答え"なのだ。





「お見事です。もう第三階層では物足りなくなってきましたね」


 俺は群がってきたゴブリンをバックステップで躱し、怯んだ隙に周囲攻撃を打ち込み一網打尽にする。


 残念ながら、ゴブリンは金銭効率の悪い魔物だ。しかし、ダンジョン内にも"生態系"があり、特定の魔物を狩り過ぎると出現率が低下してしまう。他の冒険者は、そんな事イチイチ気にかけずに狩りを切り上げ、自然に戻るのを待つのだが、俺は鍛練重視なので"経験値"も欲しい。


「別に、俺はスリルを求めていないから特に不満はないけどな?」

「え?」

「あと、手間をかけて1体の"強い魔物"を倒すより、ザコを大量に狩った方が効率がいいから」

「うぅ、出ました。ご主人様の謎理論」


 むしろ、食わず嫌いで大量に放置された魔物ほど、纏めて狩れば高効率が期待できる。あともちろん、嫌われ者を一掃すれば、それだけ目当ての魔物の再出現も早まるので、一石二鳥だ。


 まぁ、我ながら発想が"ゲーム脳"だが、少なくとも金銭効率は後者が優る。


「謎ってなんだよ。ちゃんと俺本人が成果を証明しているだろ?」

「それはまぁ、そうなんですけど。私も、それなりに(冒険者について)勉強してきたので、ソレを気軽に覆されるのは、ちょっと」


 残念ながらイリーナが学んだのは、冒険者の"セオリー"であって、効率を突き詰めたネトゲ理論では無い。


「それについては"諦めろ"としか言えないな。我が社は極悪ブラック企業であり、人権や余暇は他の何処よりも保証されないのが自慢だ」

「フフフ、何ですかそれ? あと、1つだけ補足を」

「ん?」

「私、御社に入社して後悔はしていないし、不満もありませんよ?」

「そうか」

「はい」


 まぁ、あの初心者パーティーには『俺たちのノリ』は受け入れられないだろう。しかし、当人同士が好きでやっているのだから何も問題は無い。




 こうして、俺たちは着実に資金を稼ぎ…………あっと言う間に月日は流れた。

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