#026 普通の出来事

「その、ご主人様、本当によかったのでしょうか……」

「まぁ、素直に"はい"とは言えないが、イイんじゃないのか? お値打ちなのは確かなんだし」


 イリーナを連れて道具屋を後にする。


「ご主人様」

「なんだ?」

「新しい"工房"ですけど、今ある貸工房よりも大きい建物らしいですよ」

「どんだけ土地を遊ばせていたんだよ。まぁ、事情は理解できるけど」

「そうですね」

「「はぁ~~」」


 2人そろってクソデカ溜息をつく。


 あの後、イリーナを迎えに行くついでにシルキーさんに貸工房の件を相談したところ、何故か俺が新しく建てる新工房のオーナーになってしまった。正直に言って眠たかったのもあって、内容を完全に理解しきれていない部分もあるが、要点を纏めるとこうだ。



①、道具屋が近日開店するのだが、それに合わせて増加するギルド員用の"宿舎"を建設する予定があった。因みに現在は、ダンジョンの外にある支店の宿舎を利用している。


②、宿舎建設にあわせて、鍛冶師ギルドが受け持っている土地を利用して『魔力素材を研究する施設』の建設計画もあがっていた。シルキーさんが道具屋の接客を受け持っていないのは、その為でもあったようだ。


③、工房は用途(鍛冶、錬金術など)に合わせて種類があるらしく、博士のアイディアを見せたところ、既存の貸工房では対応しきれない事が判明した。②と用途が近い事もあり、博士を交えて追加施設の設計が練り直される事になった。


④、その新施設のオーナーが何故か"俺"になっていた。いや、ここの流れが俺にもサッパリなのだが、本来はシルキーさんが単独でオーナーを勤めるはずだったところを"共同出資"する形で幾つかの権利が俺に譲渡された。


 代金に関しては10日で20万を1年間払い続けるだけと、大変お求めやすくなっている。いや、全然全くお求め"安く"ないのだが、施設の相場を考えれば原価レベルだとか。ここだけ聞くとウマい話に思えるが、やっている事はフランチャイズのオーナーと同じ。俺に建設費と管理を任せ、ギルドはタダ同然で支店と研究員を確保した形なのだ。


 もちろん新しい工房は、俺も利用するので費用を負担するのは当然だ。半分は博士が私物化する予定なのに、当の本人は一文無しなので俺が代金を肩代わりするのも、納得は出来ないが理解は出来る。スケールが個人のレベルを超えている事に目をつむれば、何も問題は無い。



「「はぁぁぁ~~」」


 改めて2人で大きなため息をつく。しかし、泣きっ面に蜂。いや、それ以上。泣きっ面に疫病神が死体撃ちしに来た。


「きょーちゃん大変なの! すぐに"寮"に来て!!」

「どうした慌てて。出来れば寮には近づきたくないんだが」


 寮とは、召喚勇者用の寮の事だろう。俺は利用していないものの、一応、国が召喚勇者用に用意した施設で、俺の部屋も存在する。


「そんな場合じゃないの! たけし君が、武君が!!」


 『誰だよそのガキ大将みたいな名前のヤツは』っと言いたいところだが、この慌てぶりは只事ではない。俺は思った軽口を飲み込み、イリーナに指示を出す。


「俺は勇者寮に行って来る。お前はシルキーさんの所で待機していろ。俺が帰るまで、狩りに行くのも禁止だ」

「私も!」

「必要ない」

「……はい」


 冷たい言葉でイリーナの提案を却下する。俺も一応、美穂の幼馴染なので、何となくだが事態の予想はついている。





「先生、入りますよ?」

「……………………」


 あれから3日の時が過ぎた。


「食事、置いておきますね」

「……………………」


 ふさぎ込む先生。それもそのはず、ガキ大将は…………死んでいたのだ。


 事件性などは全く無い。ただ普通に『冒険者がダンジョンに出かけ、そこで魔物に負けて死んだ』だけ。ダンジョンでは"よくある事"であり、冒険者ギルドや国も大きな動きを見せなかった。冒険者の死は、この世界では常識であり日常的に起こりえる事なのだ。


 そして俺たちは、ささやかながら葬儀をあげ…………その後、先生を含めた何人かが部屋から出てこなくなった。


「そうだ。俺、なんか流れで家を買っちゃったんですよ。まぁ、家って言っても鍛冶師ギルドの工房なんですけど。一応、生活に必要な施設も付いてくるんで、ガレージハウスみたいな感じなのかな?」

「……………………」


 勇者寮ここに居れば、美穂や光彦が食事などを用意してくれる。あの2人がクラスメイトを見捨てる事は絶対に無いだろうし、それに賛同する者も居るだろう。


 言っては何だが、引きこもっている面子は役に立たない"お荷物組"だ。それにより、子守に人材を割く必要がなくなったため、むしろ以前より稼げるようになったと思える。


「とにかく先生は、確り食事を食べて、寝て、頭をリセットしてください」

「……………………」

「それじゃあ、俺は行きますね。もう、勇者寮ここには2度と来ないと思います」

「!!」

「あ、そうだ」

「??」

「新しくできる工房、パーティーメンバーを増やすことも考慮して部屋を多めに確保してあるんです。…………それだけです。それじゃあ、また」

「……………………」


 これがベタなアニメの主人公なら、お節介で先生をココから引きずり出していたのだろう。しかし、残念ながら俺はそこまでの"強引さ"を持ち合わせていない。


 まぁでも…………本人が希望するなら、それを無下にするほど恩知らずでもない。




 こうして俺は、黙する勇者寮を後にする。

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