#023 異世界の文化

「ご主人様、また何か建てていますね」

「貸し工房の隣か……。何が建つやら」


 明け方、朝食を買うためキャンプ地にやって来たところ、貸し工房の隣の土地で何やら建設する風景が広がっていた。


 本来なら、ダンジョン内に施設を建設するのは保安上の問題が付きまとうのだが、ユグドラシルダンジョンは下層階なら外のフィールドと大差ない難易度であり『サービス業はダンジョン内に、物流・生産業は外』に建設する風潮のようだ。


「ご主人様は、何が建ってほしいですか?」

「そうだなぁ…………個人的には"貸倉庫"あたりが欲しいかな」

「あぁ、それは有難いですね」


 一部装備は冒険者ギルドに預けているものの、手持ちの資産は着実に増えてきている。最悪、安宿を借りて装備を保管するつもりだったが、専用の倉庫が出来れば助かる限りだ。


「やっぱりイリーナも、屋根のある場所で寝泊まりしたいか? ある意味、今の生活は奴隷以下なわけだけど」

「私は元々旅商人の家系ですので、野宿は慣れています。まぁ馬車だと、屋根や敷物もありますので野外と言い切れるか、微妙なところですが」


 因みにこの世界の建物は、地球に負けない勢いで建設できてしまう。そのあたり、ダンジョン内で災害が無いのもそうだが、魔法科学の恩恵が大きいようだ。


「甲斐性の無い主人で、申し訳ない」

「あ、謝らないでくださいよ~」


 半分冗談ではあるが、流石に次のランクに上がったら初心者クエスト頼みの生活は改めないといけない。資金にも困っていないので、貸し倉庫が出来ても、将来的に"宿"は必要になるだろう。


「あ! おはよう、恭弥君、イリーナちゃん」

「ん、あぁ、おはよう」

「おはようございます、ミホ様」


 そうこうしていると、広場に向かう通りで疫病神にエンカウントしてしまった。


「その、恭弥君たちは今から朝ごはん? よかったらご一緒しない??」

「今日は一人なのか?」

「うん、まぁね。皆、最近頑張ってるから、早起き出来ないみたい」


 この世界には"目覚まし時計"が無く、冒険者の活動も時間に縛られる事は無いので寝過ごし放題だ。まぁ、ギルドは日中しか営業していないのだが、クエスト達成報告は何時でもいいので(鮮度が求められるもの以外は)困る事は無い。


「その、我々は……」

「イリーナ、諦めろ。美穂コイツは断っても付いてくるタイプだ」

「えへへ~。流石きょーちゃん。よく分かってるね」


 やんわり断ろうとするイリーナだが、残念ながら美穂は八方美人であり、典型的な陽キャ。この程度の『関わらないでくださいムーブ』では一切動じない。だからこそ、勘違いする男が後を絶たないのだ。





「最近皆頑張っているから、朝起きるのが大変みたい」

「だろうな」


 広場は露店通りとなっており、朝と夕方は食事を、昼は装備や整備などのサービスを提供する屋台で賑わう。


「それでね、私が朝食を買い置きしてるの。油断していると、直ぐに閉まっちゃうからね~」

「そうですね」


 やっている事は完全に"パシリ"だが、俺の記憶では、ついこの前まで少なくないお供がいた。そのお供がいなくなったから美穂も俺に話しかけてきた訳で…………どうやら勇者育成計画の効果が着実に出てきている様だ。


「それでね、イリーナちゃんに……」

「あの、ミホ様」

「ん? なになに??」

「その、ちゃん付けは、出来れば止めていただけないでしょうか? 小柄これでも私は成人しています」

「えぇ~、イイじゃない。私たち、もう"友達"でしょ!!」

「え? えぇ??」


 困った表情で俺に助けを求めるイリーナ。この世界にも友人を"ちゃん"付けで呼び合う概念はあるが、基本的には子供向けの敬称であり、ダンジョンと言う"職場"の同僚に対して使うのは失礼にあたる言い回しだ。


「美穂、頼むから無暗に友達認定するのは止めてくれ。ここは日本じゃない、違う文化圏なんだ」

「えぇ~、でもでも」

「友達百人理論は、この世界では"美徳"にならない。ハッキリ言ってお前のやっている事は"侮辱"だ」

「えぇ……」


 流石にショックだったのか、青い顔をする美穂。


 俺たちはもう"学生"ではない。自由ではあるが冒険者は責任ある職業であり"社会人"なのだ。だから、学友感覚のユルいノリは失礼になるし、ライバルに当たる同業者を仲間だのと言って無暗に信頼するのもモラルに反する行為として受け取られる。


「その、ごめんなさい。悪気があったわけじゃないの。ただ仲良くなりたかっただけで……」

「その、あまり気を落とさないでください。ミホ様はまだこの世界に来て間もないので」

「カルチャーギャップの問題は仕方ない部分もあるが、"信頼"は行動で勝ち取るもの。行動無しに信頼を唄うお前は"詐欺師"と変わらない訳だ。まぁ次から気を付けてくれ」

「……うん」


 クラスの連中は、基本的に国が用意した宿舎で寝泊まりしている。つまり、この世界の人との交流を最低限に抑えている訳だ。今はまだ"ギャップの問題"は許されるだろうが、このまま閉鎖的な空間で日本の常識を捨てきれない者が出るようなら、また何か面倒な問題が起きかねない。




 そんな事を考えながら、俺は手早く朝食を済ませ、この場を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る