#022 立花

「ご主人様、アレはもしや……」

「あぁ、間違いない。桃だな」

「違います」


 狩りを終え、いつも野宿している2Fに戻ると、そこには大きな桃…………もとい、桃尻が転がっていた。


「博士、そこで何をやってるんだ」

「…………」

「えっと、聞こえてない様子ですね」


 何故か博士は四つん這いで、何も無い地面を凝視している。


「もしかして、薬草が生える瞬間を待っているのか?」

「あぁ確かに、あの辺りは時々薬草が生えていますね」

「……………………」

「えっと、ご主人様、どうしましょう?」

「どうもしない。飽きたら勝手にキャンプ地に戻るさ」

「はぁ……」


 逆に言えば、飽きるまで動かない。先生には保護するよう言われていた気もするが、生憎俺はそこまでお人好しでは無い。


「汗を流したら仮眠をとる。イリーナも、自分の事に集中しろ」

「は、はい」


 装備を手の届く場所に掛け、肌着を着たままシャワーを浴びる。まぁ、水袋から出る水は常温なのがイマイチだが、だからと言ってソコにお金をかける気にはなれない。いや俺なら、お金があったとしても多分面倒くさがって水袋で済ましてしまうだろう。




「観察は終わったのか?」

「今、丁度終わった」

「そうか」


 シャワーを浴び終えると、博士は思ったよりも近くにいて、目が合ってしまった。つか、イリーナと並んで、2人で何をしていたんだ?


「そういえば、先生が探していたぞ」

「問題ない」

「それで、謎は掴めたか?」

「未だ不明」

「!??」


 首を振って答える博士。対してイリーナは、何やら不思議なものでも見つけたように俺と博士を交互に見比べる。


「どうせ安全な場所で、薬草を栽培しようとして失敗したんだろ?」

「肯定。流石は助手」

「助手じゃねぇし。とりあえず、薬草は植え替えても繁殖しないから諦めろ」


 薬草の栽培は、俺も金策として考えたが、どうにも不可能なようだ。


「不思議」

「そうか? 俺的には納得のいく理由だけど? 結局、"薬草"も魔物の一種なんだよ……。……」


 例えばアンデッド系の魔物は、死体が変化して魔物になる訳では無い。墓場と言う"場所"に魔力が作用して死者を模した魔物が出現するのだ。一部の魔物が、特定のエリアから出てこられないのもコレが理由で、魔法生命体は環境からくる"属性"に対してデリケートなのだ。


 もちろん、ウルフのように繁殖行為をおこなう魔物もいるが、それは魔力生命体としての純度の問題であり、ウルフは動物に近い、つまり魔力依存度の低い魔物となる。だからテイムしたウルフはダンジョンの外に連れ出すことも可能だが、魔力的な環境が合わない場所で長時間暮らす、あるいは繁殖するのは難しいそうだ。


「理解した。つまり"環境"を再現すれば、薬草は勝手に生えてくる」

「博士、お前魔法使うの苦手だろ?」

「ぐっ、助手は意地悪」


 思う所があったのか、苦々しい表情を見せる博士。まぁ、まず間違いなく『魔法を調べたけど上手くいかなかった』って所だろう。


 環境だけコピーしても、それでは普通の植物栽培と何ら変わらない。それで量産できるのなら、この世界の人が既に量産化に成功させているはず。現実がハードモードなのは異世界も同じ。小説のように"思い付き"で簡単に成り上がれたら苦労はしていないのだ。


「まぁまぁ、魔法学は奥が深いのもそうですが、"適性"が重要なので…………"分野"が合っていないのだと思いますよ」

「適性依存なら、俺は全ての魔法を極められないって事になるな」

「はわわわ、そ、そこはその、必要な努力量が変わるだけですから!」

「俺としては特定の魔術を極めるつもりが無いから、全然困らないけどな?」

「うぅ…………ご主人様は、意地悪です」

「よく言われる」


 とはいえ、確かに"魔術"は多種多様で、博士のように理屈や論理に依存する魔法も多いようだ。そのあたりは『冒険者引退後の趣味候補』に掲げただけで、詳しく調べていなかった。


「はぁ……。リッカ様は、その、"錬金術"系の適性があると思います」

「確かに魔術回路や触媒魔術なんかは、まんま地球の科学の分野だよな」


 錬金術とは、地球で例えれば理系分野に属する魔術で、マジックアイテムに刻まれている術式の設計や、魔法素材をかけ合わせた時の変化を取り扱う分野となる。


「回路、触媒……」

「冒険者的には微妙な分野だが、興味が湧いたなら調べてみればいいんじゃないか? 俺もちょっと気になるし」


 前者なら水袋やマジックシューター、後者なら回復薬製造などが該当する。生産系の魔術であり、魔物と戦う必要も無いので、博士には合っているように思える。


「そう」


 突然ふり返り、キャンプ地の方へ歩みを進める博士。何と言うか博士は、俺以上に『自分のペースでしか行動できない』タイプの人間なのだ。


「その、ご主人様。送っていかなくても大丈夫でしょうか?」

「ん~、まぁ、大丈夫だろ」

「はぁ……」




 こうして、今日は平穏に終わった。

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