#019 イリーナ⑥

「ご主人様、後生ですからこの"衣装"はお許しください」


 あれから3日が過ぎ、俺とイリーナは何時もの様にキャンプ地に来ていた。


「衣装言うなし。似合ってるんだからイイじゃないか。今後も、暴走するたびに"可愛い服"が増えるから、覚悟しておけ」

「そ、そんなぁ~」


 イリーナには、暴走した罰として防具を"戦闘用ミニスカメイド服"に変更してやった。


 余談だがメイド服は特注品ではなく、市販品を組み合わせたものだ。この国は貴族制で、一般的な業種に"メイド"が名を連ねている。加えて、この世界ではメイドが護衛を兼任する事も多いらしい。そのあたり、魔力の影響で女性も普通に強くなれる異世界ならではの事情なのだろう。


「それで"義手"の調子はどうだ? 初めのうちは擦れてツラいらしいから無理はするなよ」

「今のところは大丈夫だと思いますが、注意します」



・追加装備(イリーナ)

武器:マジックシューター内蔵義手

防具:戦闘用メイド服(ミニ)・ロンググローブ(白)・ガントレット・サイハイソックス(白)・プレート内蔵ブーツ


マジックシューター内蔵義手:マジックシューターを仕込んだ義手。宇宙海賊の気分が味わえる。


 イリーナの戦闘スタイルは、防御型に寄せていく事にした。これは<狂化>未発動時は足が遅いのもあるが、暴走すると回避を捨てたゴリ押し戦術になってしまうのも考慮した結果だ。


 義手には特注でマジックシューターを仕込んでもらった。イリーナの魔法攻撃力は低く戦力として期待はできないが、<狂化>は魔力を消費するので、安全に魔力を消費する手段として割り切って採用した。



「どうしても合わない様なら、また何か考えるから、しばらくは様子を見てくれ」

「はい、やってみます」


 因みにハイソックスはガーターベルトで吊り下げるタイプで、ショーツの中を通すか外を通すか議論が分かれるところだが、そこは冒険者として最低限の脱衣で用を済ませられる中通しを選んだ。


「よし、装備も一通りそろったし、たまには第三階層を見て回るか?」

「はい! よろこんで!!」


 俺たちは、気分転換も兼ねて20Fから30Fを目指す。装備のお試しなら低階層の方がいいように思えるが、あっちは難易度が低すぎて参考にならない。





「ご主人様、ポイズンマッシュです! 毒攻撃に注意してください!!」

「面倒だから逃げるぞ!」

「はい!」

「ご主人様、エルダートレントです!」

「あぁ、アイツ、硬い上に体力が高すぎなんだよな。わざわざ相手にするまでも無い、先に進もう」

「はい!」

「ご主人様、ゾンビです! 手足を失っても平気で襲い掛かってくるので注意してください!」

「イリーナの暴走状態みたいだな」

「は、はい」


 殆どの魔物を無視して進んでいるが、今回は半分ハイキングみたいなものなので気にしない。普段は時間を惜しんで狩りや勉強に明け暮れているが、冒険者的には現場を見て回るのも重要な仕事であり…………無駄な事をしている感覚は無い。まぁ、たまにで充分だが。


「や、やっとつきました、28Fです……」

「魔物を無視して正解だったな。思ったよりもシンドいは、これ」


 やってきたのは28Fの岩場。第三階層は何度も来ているが、普段は下層か上層から最短で目標階を目指すので、一周するのがここまで大変だとは思っていなかった。


「はい。正直侮っていました」

「とりあえず休憩だ。ほんと、この辺りは足場が悪くて、魔物というより足場と戦っている気分だ」


 面積は上層も下層も変わらないらしいが、道の険しさは上層にいくにしたがってドンドン…………いや、厳しくなるのは"環境"の方だ。下層では麗らかな階が、中層では砂漠、上層では溶岩地帯と、環境の偏りが極端になっていく。


 だから上層の殆どの階は、ただそこにいるだけでも"地獄"と言えるほどの環境であり、このユグドラシルダンジョンの攻略が行き詰っている理由の1つにもなっている。


「はい。ご主人様、お水です」

「あぁ、すまない」

「その、ご主人様……」

「ん? どうした」

「その、どうしてご主人様は私を罰しなかったのですか?」

「子連れの事か? それならその服装が罰だったはずだが」

「それはそうですが…………私はそれ以上の迷惑をかけました。暴走もそうですが、ご主人様の同胞の方を、その、手にかけようとしてしまいました」

「それに関しては気にしていない。いや、マジで全然、これっぽっちも」

「はぁ……」

「まぁ、イリーナが犯罪者になると困るからあの場は止めたが、正しいのはイリーナの方だ。と、俺は思っている」

「ですが……」

「暴走状態の時、少しだけお前の"記憶"が見えた」

「そう…………ですか」


 アレは美穂のギフトなのだろう。一瞬ではあるが、断片的にイリーナの記憶が流れ込んできた。アレだけでは何とも言えないが、少なくとも俺の予想を裏付けるピースが増えたのは事実だ。


「俺は聖人でもなければ熱血系主人公でもない。イリーナ、お前が本気で"仇討ち"をしたいと思っているなら、止めはしない」

「…………」

「だが、つまらないところでミスして、全てを台無しにするのは無しだ。やるなら、キッチリやり遂げろ」

「……はい。ありがとう、ございます」


 何も言わず、俺はイリーナの頭を力任せに撫でてやる。イリーナも、何も言わずただただ俺の手を受け入れる。




 こうして俺たちは、お互い不器用ながらも、共に歩んでいく。

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