#016 イリーナ③

「郁恵ちゃん、恭弥君はもう昇格して"ブロンズ"ランクになってるんだよ」

「それに、実力はそれ以上だって言われているわね」

「「…………」」


 なんだこの居心地の悪さは……。


 結局、先生に魔結晶の差額の話題を持ち出され、俺たちは第二階層でドッグジャンキーのポイント稼ぎに付き合わされる事となった。


「そうそう、だから今日は、恭弥君に色々教えてもらお?」

「だから、こうして一緒に行動しているじゃないですか。いいから手分けしてアイテムを集めましょ」

「うぅ~、それじゃあ別行動とおんなじだよ~」

「「……………………」」


 因みに、冒険者ランクは『アイアン・ブロンズ・シルバー・ゴールド・プラチナ』の5段階となる。小説なんかでは、チート主人公が行き成りSランクに昇格するまでがテンプレだが、この世界の冒険者ランクは"力"では無く"信用"の格付けであり、戦闘力だけで短期間に昇格できるシステムにはなっていない。


 もちろん、最低限の戦闘力は求められるが…………冒険者の仕事は魔物"退治"ではなくクエストであり、何よりも『クエストを確実に達成する信頼性』が求められる。戦闘力は、その為に必要な手段の1つでしかないのだ。


「言っておきますが俺は何も、裏技を使ってランクアップした訳じゃない。もし、本当に早くランクアップしたいのなら…………お喋りなんてしないで、黙々とクエストをこなす事です」

「ほら、恭弥もそう言っているじゃない」

「「ちょ、2人ともぉ~~」」


 実際、そうなのだから仕方ない。


 俺のランクアップが早いのは、単純に『長時間籠っているから』だ。その気になれば第三階層の魔物も普通に倒せるが、倒せても"籠もれる"までの実力は無い。それなら1日かけて第一・二階層を廻ったほうが稼げるポイントは多くなる。


「イリーナ、そろそろ交代だ」

「はい、ご主人様」


 俺は2人を無視して、カートを受け取り、イリーナに戦闘を任せる。


「え? 恭弥君は戦わないの??」

「必要なら戦うが、ウチは基本交代制だ」


 イリーナのバックパックを"小型"にした理由はココにもある。俺とイリーナはパーティーを組んでいるが、その戦闘スタイルは"自己完結"であり、補いあって戦うパーティープレイは想定していない。


 1人が戦い、もう1人はカートを守りながら戦闘を傍観し、体を休める。そして、しばらくしたら交代する。もちろん完全な休憩にはならないが、これならイザという時は助けに入れるし、長時間ダンジョンにも籠もれる。そして何より、相方に何かあった場合でも『1人で生還できる』だろう。




「ご主人様、"子連れウルフ"です!」


 程なくして、珍しい魔物に遭遇した。いや、個別に見れば珍しくは無いのだが。


 子連れウルフは、狼の魔物・ウルフの親子が3体セットで出現した場合の"俗称"だ。それぞれはありふれた魔物で、対処も確立しているが…………親子の場合は戦闘パターンが変化するので、あえて"子連れ"と呼んで差別化している。


「1人でいけるか?」

「その…………行かせてください」


 イリーナの実力では、子連れウルフはかなり際どい相手だ。少なくとも"無傷"で倒すのは不可能だろう。しかし、それでも相手は親の仇の同系であり、イリーナ的には退けない相手だ。


「はぁ~。致命傷は避けてくれよ。俺の回復魔法は、軽傷限定だ」

「はい!」


 安全第一? 残念ながら俺はゲーム脳で、ウチの方針は『死ななければセーフ』だ。


「……………………」


 ジリジリと間合いを詰めるイリーナ。


 子連れは、基本的にノンアクティブだが、接近した場合のみアクティブになって攻撃してくる。本来のウルフは相手を取り囲むのに対し、子連れは子供を中心に立ち回る。


 子連れがアクティブ化したタイミングで、イリーナは<狂化>を発動して自身を強化する。まず間違いなく捨て身の戦法に出ると思うが…………最悪の場合は、俺が回復魔法で援護すればダメージレースで勝てるだろう。


「ちょっと待った!!」

「「!!?」」


 突然割って入ってきたのはドッグジャンキー(と不愉快な仲間たち)。もう、悪い予感しかしない。


「待って! その子たちは子供を連れているのよ!!」

「ご主人様、イクエ様は、何を言っているのでしょうか?」

「世迷言だ。気にせず戦闘に集中しろ」

「はい!」


 子連れも突然の乱入に狼狽えている様子だが、一度アクティブになったら取るか取られるか、コチラも命を賭けているので、頼まれても『ハイそうですか』と従う訳にはいかない。


「ハイじゃないわよ! こんな可愛い子たちに、何考えてるのよ!?」


 相手は低い唸り声をあげて、俺たちの喉を喰いちぎろうとしているのですが?


「それじゃあどうするんだ? 相手もやる気だぞ??」

「見てなさい!!」




 そう言ってドッグジャンキーは恐れることなく子連れに歩み寄り、優しく語り掛ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る