#015 イリーナ②

「いちいちドロップ品は拾わなくてもいい! 引き上げる時間を意識して、価値のあるものだけを拾っていけ!!」

「はい!!」

「回復アイテムは惜しまず使え! 下手に温存するより、ガンガンつかって早く成長した方が結果的に儲かる!!」

「はい!!」

「MPに余裕があったらスキルは惜しまず使え! スキルだって使えば使うほど性能は良くなる!!」

「はい!!」


 俺は第一階層で、イリーナに俺流の効率プレイを叩き込んでいた。


 イリーナ的には早く高難易度エリアに行きたいのだろうが、ひとまずは文句も言わずに俺の特訓に付いてきている。まぁ志しこそ立派だが、イリーナが素人なのは事実であり、基礎をみっちり教えるのは間違っていないはずだ。


「よし、一旦休憩にしよう。魔法で水を出すから、汗を流すといい」

「はい! ご主人様、お先にどうぞ。私は周囲を警戒しています」

「話を聞いていたか? まずはイリーナおまえからだ」

「ですが……」


 因みに、ファンタジー世界の魔法は2種類に分類できる。魔法で出したものが"残る"ものと"消える"ものだ。前者はよく小説でチート要素として用いられるが、当然ながら物理法則を無視しているのでリアルに使えば環境に悪影響を及ぼす。


 対して後者はゲームやアニメで採用される一時的な改変能力だ。この世界の魔法はコチラで、この場で言えば、魔法で出した水で体を洗うと、汚れは流されて落ちるが、水はしばらくすれば消滅して綺麗に乾いてくれる。


「まだ魔力回復が追いついていないだろ? いいからそこに座れ!」

「うっ、それでは、お願いします」


 俺は"水袋"と呼ばれるマジックアイテムに魔力を流し、簡易のシャワーを作る。これは水を生み出す術式が刻まれたタブレットを袋に仕込んだもので、発動すると袋の中に水がたまり、袋の隙間からシャワーの様に水が噴き出す仕組みだ。便利なうえに、構造がシンプルで安価。冒険者のみならずこの世界で広く使われている便利アイテムだ。


 因みに、服は着たままです。


「お先に失礼しました。次はご主人様の番です」

「俺は後で適当に済ませるからいい。それよりもイリーナ、見張っているから少し寝ろ。眠れなくても横になって体をラクにしていれば、少しは回復も早まる」

「すいません、私が不甲斐ないばかりに。本来なら、私が休憩中の警戒や武器のメンテナンスをしておかないといけないところを……」


 イリーナは小柄であるものの、それでも成人している。まぁこの世界の成人年齢は15歳なので少女である事は変わらないが…………それはともかく、イリーナの体力はまだまだ"年相応"であり、長時間の戦闘には耐えられない。


 しかしイリーナは、それとは別にもう1つ問題を抱えている。それは適性職業・復讐者の技能スキル・<狂化バーサーク>だ。このスキルはハイリスクで、物理面のステータスが一時的に上昇する代わりに、発動すると興奮状態になり冷静な判断が出来なくなる。適度に使う分には『魔力を攻撃力に変換できる便利スキル』くらいの感覚で使えるが、頼り過ぎると"暴走"状態になり冷静な判断ができなくなる。幸いなことにゲームに出てくる"混乱"と違って『自分や味方をランダムに攻撃する』みたいな効果は無いが、体への負担もバカにできないので注意が必要になる。


「最初から上手くいかないのは当然の事だ。俺に不満はないから、とにかく今は回復に専念しろ」

「……はい」


 そう言って手拭いで目を隠してやると、ほどなくしてイリーナの表情はやわらぎ、寝息が漏れてきた。顔には出さないが、やはり相当疲れていたのだろう。





 しばらく経ったところで、招かれざる客が俺の視界に飛び込んできた。上の階ならまだしも、第一階層ここで会うって事は、まず間違いなく俺に会いに来たのだろう。


「あっ、恭弥君だ! 奇遇だね~。恭弥君もココで狩りしてたんだ」

「そ、その恭弥君、久しぶり」

「……ふん」


 現れたのは先生と美穂、そしてドッグジャンキーの3人だ。偶然を装っているが…………俺の目には、貧乏神がジェットストリームアタックの態勢でコチラに向かって来ている様にしか見えない。


「白々しい。それで護衛も連れずに、何の用ですか?」

「ん…………ご主人様?」

「あ、ごめんね。起こしちゃって」

「これは失礼しました。キョウカ様。それと……」

「えっと、私は恭弥君のクラスメイトの美穂だよ。よろしくね、イリーナちゃん」

「……郁恵いくえよ」

「ミホ様、イクエ様。キョーヤ様の奴隷のイリーナです。以後お見知りおきください」


 そう言って頭を下げるイリーナに対して、ドッグジャンキーは小声で『最低』っと呟く。もちろんソレは俺へ向けた言葉。別に言い訳をするつもりは無いが、奴隷、しかも中学生くらいの少女を買ったんだ。軽蔑しない方が不自然な状況だろう。


「出過ぎたマネでした。お許しください」

「ちょっ! 勘違いしないでよね!!」


 しかしイリーナは『奴隷制度が存在しない日本の常識』を知らない。当然の様に勘違いし、行き成りグダグダの謝罪合戦が始まってしまった。




「えっと、それで、恭弥君はココで何してたの? よかったら少し一緒に廻らない??」

「ちょ! 美穂、なんでこんなヤツと!」

「いいじゃない郁恵ちゃん。恭弥君は物知りだし、結構頼りになるんだよ?」


 イリーナとのやり取りが終わったところで、美穂がワザとらしく本題をブン投げてきた。どうやらコレは、先生と美穂の策略だった様だ。




 俺にとって美穂は疫病神。その神話に、今日、新たなページが刻まれようとしていた。

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