#010 被害者の要求②

「それで、2つめの問題は奴隷廃止運動ですね。幸い言葉が通じないので、他の冒険者には無視されていますが、この調子で地球いせかいの常識や倫理観を広められるのは内政干渉となります」


 この世界に懲役制度はない。代わりに存在するのが奴隷制度だ。それを変更するのは事実上不可能であり、なにより異世界人の俺たちに言われてどうこうする問題でもない。しかし、基本的に冒険者は頭が弱い者が多く、ギフトの影響で"洗脳"まがいの事件になりかねないのも事実なのだ。


 これは楽観視していい問題ではなく、むしろ"厳罰"を定めて厳しく規制しておかないと、取り返しのつかない事になりかねない。


「とりあえず奴隷制度については、法律や実状を確り説明すれば、連中だってある程度は納得するんじゃないですか? 俺的には、この世界の"賠償"を重視した制度は理解できますけどね」

「うぅ、恭弥君、しっかり勉強しているんだね」

「俺からしてみれば、詳しく調べもせずに批判しているアイツらに、狂気すら感じますね」

「ぐっ。まずは私が勉強して、なんとか説得してみます」


 日本は犯罪者に対して"更生"を求めているのに対し、この世界は"賠償"を求めている。だから、犯罪者は"刑期"ではなく"強制労働"で罪を償い、その収入を制度の維持費にあてている。


 また、たとえば性犯罪なら刑に『性器切り落としの刑』が追加されたりする。日本だと、刑期を全うすれば更生していなくても釈放され、再度同じ犯罪を繰り返す危険がある。それで言えばこの世界は、基本的人権なんて無視して強制的に不能にしてしまうので、非常にシンプルで理解しやすい。


「あと、考えてきたアイディアがあるんですけど……」

「ん? 伺おう」

「えっと、問題を起こした召喚勇者を、他の冒険者と同様に捕縛して、"犯罪者"として扱うのはどうでしょう?」

「ちょっ! 恭弥君!!」


 俺たち召喚勇者は、スポーツで言うところの外国人選手枠であり、国も少なくない投資と体面をかけている。これを素行が悪いからと言ってすぐにお払い箱にしては、身柄を預かっている各種ギルドが国から管理責任を問われてしまう。


「落ち着いてください先生。あくまで、一連の流れを体験してもらうだけです」

「え? どう言う事??」


 現状では、問題を起こした場合は冒険者ギルドのギルド員か"先生"が呼び出されて対処する事となっている。これを、通常通り警備兵に拘留してもらうのだ。


「それで、引き取る際に召喚勇者側が保釈金を負担するんです。とりあえず、1人100万でどうでしょう? 厳罰化の意味もありますが、警備側もタダ働きにならないのは大きいかと」


 逮捕1発で100万は痛い出費だが、30人いれば1人あたりの負担はそこまで多くない。そして何より『召喚勇者であり被害者だから』と正当化している我儘を"犯罪"と認識してもらう事は必要不可欠だ。


 まぁ、俺も支払う形になるのは不本意だが…………そこはお金だけのやり取りで済ませられるので、今の状況よりは遥かにマシ。言い換えれば『3万チョイで、この無駄なやり取りを回避出来る』訳だ。


「ん~、たしかに、それなら………でも、そんな事、出来るんですか??」

「私の一存だけでは決められないが、収入になるのなら、色良い返事が期待できるだろう」

「あぁ、結構融通がきくんですね」

「でも、皆が納得するとは……」

「犯罪を犯しても1人3万強で許してもらえるって話なのに、それすらも受け入れられないって言うのなら、それはもう正規の"罰"を受けてもらうしかないでしょう? アイツらは甘えすぎなんですよ」

「それは……」

「まぁまぁ。ここは一旦保留にさせてください。コチラも協議が必要ですから」

「そうですね。お願いします」


 この話は保留となるが、グスタフさんの反応を見る限り、認可される見込みは高そうだ。




「それで、最後の問題なのですが…………どうやら、まだ魔物にエサを与えている者がいるようなのです」

「は!? 前回厳重注意を受けて、まだコリてないってのか!!」

「まだ、召喚勇者の仕業と確定はしていませんが、11Fで"ベビーウルフ"を手懐けようとする女の噂が広まりつつあります。もし、噂の真相が公になり、それが2度目となれば、コチラとしても処罰せざるを得ません」

「「あぁ…………」」


 ベビーウルフと聞いて、先生も同じ人物を思い浮かべたようだ。


 フルネームは知らないが、"犬飼"の可能性が高い。彼女は名前の通り、クラスでは有名な犬好きだ。しかし、親がアレルギーか何かで実際に犬を飼った事が無いらしく、そのせいで犬への愛情を拗らせてしまった。俺は秘密裏に彼女を"ドッグジャンキー"と呼んでいる。


「そ、そうだ、確か調教師テイマーの資格があれば別ですよね? 先生、アイツにそれとなくテイマーの登録を申請するように言ってみたらどうですか??」


 調教師とは、手懐けた魔物を戦闘などに利用するスタイルの冒険者だ。馬や鷹と違って"魔物"であるため動物よりも厳しい制約が課せられるようだが、それは俺の知った事では無い。


「その、郁恵ちゃんはテイマーって職業の事は知っているんだけど……」

「あぁ、ランクが足らないのか」


 日本でもそうだが、適性だけで資格は得られない。然るべき条件を満たし、試験に合格した者のみが、国や団体からその適性を証明してもらえる。今回で言えば、まず冒険者ランクが低すぎて試験さえ受けられないのだろう。調教師は、危険な魔物を取り扱うため、相応のランクを要求されるはずだ。


「ギルドとしては、出来るだけ事を荒立てたくはない。ランクアップさえ済めば、すぐにテイマーの申請を通せるようにしておくが…………それまでは自重してほしい」


 やはりグスタフさんは、思ったよりも話の分かる人の様だ。もちろん、立場的に譲れない部分もあるが、少なくとも頭ごなしに否定するタイプではない。




 そんなこんなで、会議はひとまず終わり、後日、対策や決定事項が通知される運びとなった。

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