#006 効率プレイ

「ノルンさん、買い取りをお願いします」

「あ、キョーヤさん、実は折り入ってお話がありまして、精算が終わったらお時間をください」

「はい、わかりました」


 この世界には『当然のように日本語が通じる』なんてご都合は存在しない。それを可能にしているのが、今、俺が指を通しているマジックアイテム・<伝心の指輪>だ。上位互換の宝玉も存在するが、ようはPTスキル・<念話>の要領で意思を相手に伝えているのだ。


 指輪には発信する機能しかないので、同じく指輪を装備している人としか会話できないが、商店などには宝玉が設置されているので、そこまで困る事は無い。


「お待たせしました。合計で5万6千になります。報酬はいつものようにコチラでお預かりしてよろしいでしょうか?」

「はい、お願いします」

「畏まりました。しかし、本当にキョーヤさんは凄いですね。普通、このランク、この階層で、ここまで稼ぐ人はそうはいません」

「別に、効率よく廻れば不可能では無いと思いますけど」

「それはそうですけど、なかなか出来るものではないですよ。特にキョーヤさんは小型のバックパックしか装備していません。普通はもっと大型のバックパックを装備して、パーティーメンバーと無駄なくアイテムを回収していくものです」


 俺にはゲームで培った効率プレイの知識がある。例えば高価なドロップアイテムでも"嵩張る重い物"は手持ちを圧迫してしまうため、ダンジョンに長く籠もれなくなり、移動のロスが増える。だから俺は"体積比"で勝負している。必然的に回収しないアイテムも多くなるが、そこは"経験値重視"と言う事で割り切って捨ててしまう。


「俺の場合は長く籠って"アイテムの質"で勝負していますから、時間に換算したら、むしろ他の人の方が遥かに効率が良いと思いますよ」

「確かにキョーヤさんの持ち込むアイテムはかなり偏っていますからね。余計なお世話だとは思いますけど、キョーヤさんも早く固定パーティーを組んだ方がいいですよ。キョーヤさんの腕なら、私も安心して推薦状が書けます」


 冒険者ギルドは基本的にパーティー行動を推奨しており、その斡旋も積極的におこなっている。俺は能力特性のおかげで1人で何でもこなせるが…………装備重量の制限や、罠に誘い込むなどの協力プレイが使えないのも事実。せめてもう1人、荷物持ちメインのパーティーメンバーが居てくれたら、何かと重宝するだろう。


 だがその場合、人件費やスケジュールの問題などが付きまとう。そしてなにより、俺はそういった『人間関係のゴタゴタ』が大の苦手なのだ。


「お気持ちはありがたいですが、すいません。今は低い階層で技能の特訓をメインにやっていきたいので。それに俺は言葉が通じませんし」


 <伝心の指輪>は1つ10万で購入できる。安くは無いが、数日頑張れば買える額でもある。


「それなら…………私とペアパーティーを、組みますか?」

「え!? あ、その……」


 思わず心臓が跳ね上がる。異世界の美女が急に体を乗り出し、小声で耳打ちしてきたのだ。男の子として、思考がショートするのは当然。と言う事にしてくれ。


「えっと、実を言うと、私たち担当職員は召喚勇者あなたがたの指導と動向を調査する義務があるんです。ですからペアの話も、キョーヤさんの監視の一環と言うか……」

「そそそそ、そうですよね。俺はいつでもかまわないのでお願いします!」

「は、はい。非番の日限定になってしまいますけど、こちらこそよろしくお願いします」

「「……………………」」


 俺が勘違いしてしまったせいで、ノルンさんも顔を赤くして、気まずい雰囲気になってしまった。


「あっ! そういえば、話ってこの事だったんですか?」

「え、あぁ、そうでした。実は…………また彼らが問題を起こして」

「あぁ、またですか。すいません、何度も」


 彼らと言うのは、もちろんクラスメートのこと。法律や文化にギャップがあるのは分かるが、ここは日本ではなく異世界で、ちゃんとこの国の法律があり、常識・文化がある。郷に入っては郷に従え、召喚勇者であってもそのルールは変わらない。


 因みに前回は、狼の魔物の子供にエサをやっていた事が発覚して大騒ぎになった。狼の魔物"ウルフ"の子供の"ベビーウルフ"は親と違ってノンアクティブで、可愛らしい見た目をしている。しかし、育てば人を襲う魔物になるのは事実であり、テイマー以外がベビーウルフを飼育する事は禁じられている。


 ぶっちゃけ普通に"犯罪"だ。野生動物にエサを与えていけないのは日本だって同じなのに、クラスメートの女子数名がエサを与えていることが発覚した。その時はギルド側も、規則や魔物の知識を充分に伝えられていなかった事もあり、厳重注意だけで終わったらしい。


「いえ、キョーヤさんは何も」

「それで、次は何をしでかしたんですか?」

「はい、実は彼らが"奴隷解放運動"を始めて……」


 ヤバい、頭痛が天元突破しそうだ。この世界には奴隷制度があり、法律で奴隷の所有と、それに伴うルールが定められている。倫理観の問題は確かにあるだろうが、それを異世界から来た他人にとやかく言われても、国はイチイチ対応していられない。


「えっと…………俺も今度先生と話してみます」

「その、なんだかすいません」


 正直に言って『あいつら早く死んでくれ!』と言う言葉をこらえるので精いっぱいだ。




 そんなこんなで、俺はギルドで精算を済ませ、すこし寄り道をする事にした。

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