#003 ギフトスキル②

「別に、ただのストレッチですよ?」

「それは分かるんだけど、恭弥君のトレーニングって結構個性的だよね?」

「そうですか? まぁ、自己流ですからね」


 俺は日本人として緩み切った"感覚"を戦闘用に切り替える為に、1人でダンジョンに籠り、まずは徹底的に自分を追い込む事にした。もちろん、それで死んでは話にならないので、あくまで疑似的、安全な寝床を捨て『この世界の冒険者』に感覚を近づける訓練だ。


「意外だよね。恭弥君って、もっとこお…………効率とか、裏技的なのを探すのが好きなんだと思ってた」


 具体的には、まず生活を12時間周期に切り替えた。魔物のうろつくこのエリアの木の上で短い睡眠をとる。目覚めたら周囲に沸いた魔物を狩る。食事は時間が勿体ないので買って済ませる。入手した魔物の素材をキャンプ地にある冒険者ギルドで換金し、屋台で栄養のありそうなものを買い、確り食べる。余った時間は無理せず、この世界の勉強に費やす。


 加えて夜は、無理に戦わず隠密行動の特訓もしている。相手より先に見つけて、見つかる前に退避する。この世界には回復魔法があるものの、ゲームみたいに蘇生や欠損再生は出来ないらしい。その為、相手の強さを見極め、状況に応じて回避する技能も求められる。


「それは否定しませんが、基礎も大事ですよ? あ、もしかして先生の"ギフトスキル"で見えたんですか?」


 召喚に限らず、魔法的に授かった特殊スキルをギフトスキルと呼ぶようだ。この世界ではギフトを保有している事自体が珍しく、有用性は別にしても持っているだけで何かと優遇されるらしい。因みに技などの技能は"技能スキル"と呼ばれ、通常会話でスキルと言えばコチラをさすようだ。


 ギフトスキルがどう言ったものかを説明するのは難しいが、イメージとしては『魔法的な器官が追加される』感じだろうか? 体の一部になっているので、手足のように本人は使い方を漠然と把握しているが、それを具体的に言葉で説明するのは難しい。また得られる能力は、本人の"本質"や願望に密接に関係しており、それらに沿った能力が覚醒し、さらには精神面の変化に応じて後から変容することもあるらしい。


「え? うん、まぁ私のは切り替えとか出来ないから、あまり実感がないけど、何となくわかるんだよね」


 先生が覚醒したギフトは2つで、そのうちの1つが<眼力>。効果は、相手の弱点や構造などを見抜く力が"強化される"と言う、ファンタジー小説で言うところの<鑑定>の下位互換のようだ。他のギフトと比べると効果は地味だが、ギフトは成長や追加覚醒することもあるそうなので、一概にハズレとも言いきれない。


「やはり、ギフトってそれぞれ個性がありますね」

「そうだね~。他の人のギフトが体験出来たら良かったんだけど……」

「それなら、ちょっと体験してみますか?」

「えっ? 出来るの!!?」


 ガッツリ食いついてくる先生のリアクションに、思わず後退ってしまう。確かに他の人のギフトはそうそう体験できるものでは無い。加えて、先生は自分のギフトを完全に把握できていない。顔には出さないが、自分のギフトに期待や不安を抱えているのだろう。


「あくまで、視覚的に共有するだけですよ」

「よく分からないけど…………お願いします! 恭弥、せ~ん、せぃ」


 早速、冒険者ギルドでもらった"冒険者カード"を使ってパーティーの登録をおこなう。冒険者カードはカードと呼ばれてはいるが、ドッグタグに近い形状をしているマジックアイテムで、最初に血を垂らして初期登録をする事で個人認証や幾つかの連携スキルを補助するのに使われる。


「よし、出来ました。それじゃあ早速そこの"グリーンファンブル"を狩ってみましょうか」

「ぐっ、あの芋虫よね……」


 途端に渋い顔をする先生。それもそのはず、グリーンファンブルはバスケットボール並みの大きさの芋虫の魔物で、若干外殻が固い以外に特徴のないザコだ。しかし、"虫"と言うだけで生理的に激しい嫌悪感を覚えてしまう。正直に言って俺も、出来れば戦いたくない部類の魔物だ。


「じゃあ能力を発動させますよ。……はい、切り替えました」

「え? あれ? なんだか見た目が偽物? オモチャっぽくなった??」

「今、<念話>で俺の脳内で処理した映像を、共有スキルの形で送っています」


 念話とは、俺が最近覚えた技能スキルで、パーティー内に"意識"を発信する効果を持つ。基本的に言葉の形で発信するが、送っているのは"音"ではなく"意識"なので、その気になれば抽象的なイメージも送れるし、言葉の壁も無視して正確に内容を伝えられる。


「これなら、確かに嫌悪感はだいぶ薄れるわね」


 俺はギフト・<疑似世界>の効果で芋虫の見た目を、ゲームで見かける荒いポリゴンの状態にした。もちろん、現実に影響はないが、それでも支障を最小限に抑えながら『見た目を変更できる』のは、なかなかユニークな能力だ。


「あと、こんな事も出来ますよ」


 続いて、相手の頭上に名前を表示し、視界端に現在リンクしているパーティーメンバーの名前や、発動中のスキルを羅列していく。


「おぉぉ、コレ、凄くいいね! ゲームっぽくて、なんか興奮しちゃう!!」

「この良さが、わかりますか」


 そう、俺のギフトは視界情報をカスタム出来るのだ。出来たから何だと言われればそれまでだが…………一応、見た目からくる嫌悪感の軽減や、情報を客観的に纏める効果がある。


 あと、実はもう1つ面白い使い方が出来るのだが、そっちは今のところ誰にも言うつもりは無い。


「よし! これなら私でもイケそうね」

「すいません。問題が出てしまいました」

「え? なにかあったの!?」

「大したことじゃありません。俺が何かしようとして、そっちに意識を集中すると<念話>の効果が切れてリアルタイムの映像変換が出来なくなるみたいです」

「え? それじゃあ……」


 俺の<疑似世界>は、基本的にパッシブスキルなので、常時発動させていても殆ど負担は無い。しかし、他人に使う場合は極端に負担が増えるようだ。この状態では戦闘はおろか、身動きもまともに取れなくなってしまう。


「まぁそういう事で"見た目フィルター"は、他人に使うと解除されやすい様です。一応、芋虫アイツを倒しておきますか?」

「……遠慮します」




 その後は、俺の能力の一端に触れて満足したのか、先生はあっさり帰ってくれた。

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